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#004 / 雨詩-Clear rain'-
雑音まじりのロックは嫌いじゃない。
それも味。雨の音さえ遠く聞こえて、踏み抜いた水溜まりの冷たさなんてどうでもよくなってしまう。
お気に入りの赤い傘、ぱたぱたと跳ねる水滴の感触はどこか小気味よくて、急かされるように家路を歩いた。
──ぱしゃん、ぱしゃ。
濡れたアスファルトを踏み抜いてスニーカーが踊る。
本日の一曲は「クリアレイン」。
抑揚をおさえたメロディーが湿ったギターの音と混ざり合って、乾いたスネアと弾け合う。最近終わりきってた十代の私の心を、ほんの少しだけ生き返らせてくれる素敵な曲だ。
愛用のイヤホンは絶好調。リサイクルショップで見つけて、わざわざUSBで録音してるカセットテープの音も好き。無人の帰り道が穏やかで、どうにも今日は、久方ぶりに不思議と悪くない気分になれたのだった。
すっからの瞳で空を見上げる。魂の抜けた私の両眼がカーブミラーに映し出される。
あれ以来、まるで幽霊。
胸の内は空白で、たまに記憶まで飛ぶ。
ぼんやりと疲れた視線を下ろせば、透けた雲の向こうから届くかすかな輝きに照らされて。
「ほ――――――ぇえ?」
魂の底から総毛立つ。
ほんの数メートル先に、ありふれた煤けた街角を新海誠の映像みたく塗りつぶす光景が待っていた。
すげー、なんだあれ。すげー。マジすげー。
「………………」
雨の中で足を止め、身を隠すことも忘れて、私は道端のそれを観察してみる。
シチュエーションとしては月並みだった。レンガ路の隅っこで、小さなダンボールの前に座り込んでいる年若い女の子。
ダンボールの中身は捨て猫だろう。
拾いたいのは山々だけど、おうちの事情で飼えないんだろう。
そこまでは平凡、なんともストーリーを連想しやすい、珍しくもなんともない状況である。
「………おぉ」
しかしそれよりも私の目を引いたのは、その女の子の髪の色だった。
――――赤。
私のお気に入りの傘と同色の、何かを主張するように原色そのままの真っ赤な髪。
灰色の街に咲く一輪の花。健気にまっすぐ包み隠しもせず、それはそれは鮮烈すぎていっそ儚い夢まぼろしのようで。
「………………かっけぇ……」
道端の女の子の髪色に胸打たれちゃう、そういえばそんなのが私の感性だった。
自分の胸に手を当てれば、無色だった心がほんの少しだけ温度を取り戻すのを感じる。
女の子は私に気付いていない。
ただ一生懸命に、魔法瓶で注いだミルクをダンボールの中の子猫にプレゼントして、ちろちろと舐める姿を幸せそうに眺めている。
猫、好きなんだな。
それは傍目にも分かるくらいに穏やかで、同時にちょっとだけ淋しそうな横顔だった。
──そこで私は赤い傘の真ん中を見上げ、ふと考えてみる。
もしも私が男なら、何も考えずにあの女の子をナンパするだろう。カラオケいこうぜお嬢ちゃん! 俺様あんたに一目惚れだよ!
「む~ん」
……さすがに「お嬢ちゃん」はナシか。うん、ないない。
しょうがなしに別な戦術を取ることにして、私はぱしゃぱしゃと水溜まりを踏み抜きながら、彼女の背中に近付いていく。
あー。まったくもう。
その綺麗な髪も、可愛い服も、微笑む横顔さえもびしょ濡れじゃないですか。
ちょっとだけ震えてて、寒そう。イマドキ傘も持たずに野良猫の世話するスイーツがいるかい。もしも実在するなら是非ともお友達になりたいね。なので私は声を掛けることにした。
雑音まじりのロックは嫌いじゃない。
それも味。雨の音さえ遠く聞こえて、既視感たっぷりの状況は月並みな少女漫画の始まりのようで。
目につかないはずがない、鮮烈な花の赤色。
レンガ路の片隅で腰を折り、捨て猫を見つめる貴婦人、それに声を掛ける若紳士。
そんな感じの颯爽とした態度で、私は初対面の女の子に傘を差し出した。
「――お困りですかお嬢さん。なんならその猫のもらい手に、私が挙手してあげてもいいですけど?」
「えっ?」
びっくりしたように振り返られて、思わず笑顔を崩さないようになんとか耐えた。
──我ながら。
ちょっと「変な人」だったかも、知れない。
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