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揺蕩う空気はヨーロッパの味がする。実際にそれがどんなものであるのかは知らないが、まあそんな事より勝者・雪音さんは俺に告げたのだ。
「罰ゲーム。羽村君、前回までのあらすじを説明なさい」
「了解しました」
俺・羽村リョウジは狩人見習いである。
狩人とは有害な呪いを狩る者。
世には亡霊やら都市伝説やらという幻想が、何かの間違いで実在している。
『異常現象』。
それらは代表的な五つの現象をもって『五大異常現象』と呼ばれている。
呪いに起因する第一から第三までの現象と、呪いに起因しない第四と第五現象。異常現象はこれらに分類されるのが定石で、定石には必ず例外がある。
番外、『魔王現象』。
その魔王現象を模した有害巨大呪『ネバーランド』を誰かにぶっ飛ばしてもらったのが前回の事件。
ところで今日は、雨が降っている。
鬱陶しいな。洗濯物が乾かないじゃないか。
「で、雪音さん。これって誰か得するんですか?」
「もちろん。あのね羽村君、何かひとつ気付かない?」
「え?」
巫女服ではなく私服姿の雪音さん。
縁条市の狩人総括に促されて、なんとなく思い当たることがあるのを思い出した。
「ああ……そう、前々からたまに思ってたんです。俺たち、仮にも狩人やってるわりにはあまりにも知識が薄いなぁって」
「でしょう、そうだと思った。ねぇ一体どういうことなのクソ魔女。最低限の知識くらいは与えておきなさいって、ちゃんと言ったはずよね私」
視線を向けた先には、黒髪黒セーラー服に人形のような美貌。我が師匠こと通称『魔女』である。そのあざなの意味は知らない。単に師匠なので俺は『先生』と呼んでいる。
かしゃかしゃとトランプを掻き混ぜながら、先生は心底どうでもよさそうに語った。
「……殺す殺さないは無害か有害か。この裁定を下す権限は見習いにはないし、半可知識で判断されても逆に困る。勘違いが仇になることもあるからな」
淡々とした声だがやや正論。雪音さんも不承不承ながら頷くが。
「まぁ……それはそうね」
「だが、オレは時折こうも考える」
「え?」
さらりと優雅に髪を撫でる魔女。
「知識なんて無意味だ。殺せ。とりあえず殺しとけ。それで世の半分はうまく回せる」
「有害認定決定。縁条市狩人総括・早坂雪音の権限で命じます。羽村君、そいつ倒して」
「雪音さん、生存率が。俺の勝率三桁分数です」
誰一人として目も合わせない脱力同盟。また疲れたように、溜息を吐き合った。
揺蕩う空気はヨーロッパの味がする。実際にそれがどんなものであるのかは知らないが──まぁともかくそんな雰囲気なのだから他に例えようもない──駅前さびれ喫茶店『bianco』の窓際に陣取って、俺たち狩人三人は何故か罰ゲームつきトランプに興じているのだった。
時刻は夕暮れ、学生たちが帰宅してくる時刻。こんなピーク時だというのに店内に客の姿はひとつもなく、店員さえも奧に引っ込んでいるので本当に俺たちしかいない。
気怠そうにトランプ混ぜる先生というのもそろそろ見飽きてしまったので、仕方なしに
俺は階下の外の風景に目を向けた。
──雨、光差す半透明な日暮れの街。
滅多に来ることのない『皐月通り』。名前の通り商店街ではあるのだが、行き交う活気と店主の掛け声で賑わっていたのはもう昔の話。仄かな昭和の匂いと下ろされたシャッター、それから積み上げられたコンクリートの空箱だけを残してここは錆びきってしまった。
分かり易い縁条市の退廃の一端、こんなつまらない場所にわざわざ来るのは物好きだけだろう。
そしてこんなところでトランプなんぞやってるヤツらは余計にタチが悪い。まるであからさまに雨宿りしに来てるみたいじゃないか。無論、まさにその通りなんだが。
ちらりと階下の道路の反対側を覗き見る。
雨の中、傘も差さずに野良猫の世話をしている少女がいた。高瀬アユミ。うちの猫好きな秀才である。
あんな雨の中に少女一人を放置して、こっちは暖かいコーヒー啜ってトランプか。なんだかイヤになってきた。
「……先生、そろそろアユミのヤツ回収してやりましょうよ。何の悪巧みか知りませんが、どうせうまくいきませんって」
「あん?」
パラ、とトランプがテーブルに落ちる。やばい。余計なこと口走ったかも知れない。
そんなこっちの恐怖を知ってか知らずか、魔女は黒いオーラを霧散させて、なにやら真顔で言ってきた。
「まぁ、お前の言うことも一理あるんだが」
一理あるのかよ。
「いいんだよ仕事なんかてきとーで。ああ、もうじき問題の高校生があこを通りがかるさ。それで接触できれば良し、出来なければ回収して帰るだけだ」
「……作戦が雑すぎやしませんか。つーか、接触できなくてもいいならアユミは一体何のために」
真剣な目を向けると、横暴な先生サマはしれっと言いやがった。言い捨てやがった。
「………………猫、好きだろ。それに頑丈だから風邪も引かない」
ナチュラル虐待。確かにアユミは原理不明の怪力とそれに比例した頑丈さを誇るが、そういう問題ではないのだ。
「まあねぇ、確かにこんな露骨なんじゃ普通、接触なんてうまくいかないでしょうねぇ」
うなだれた雪音さんの向こう側。
「あ?」
遠い雨の街の光景を見届けて、俺は顔を引きつらせた。
「……えー」
「ん、どした少年」
先生が聞いてきたので、ひとまず落ち着くためにずずずとコーヒーを啜ってから事実を伝える。
「……いまアユミのヤツ、その『問題の高校生』とやらに連れていかれました」
しばし沈黙、のち唱和。
「「 はぁ? 」」
不思議そうに見つめ合うお姉さんたち。
「…………。」
さっきの光景を回想する。
アユミの手を引いて傘に入れ、鞄から取り出したタオルで一通り拭いてやってから、イヤホンの片方を差し出して、何やらよく分からないご機嫌な笑顔。あの様子じゃただのお節介バカだろう。
「……まぁ、大丈夫そうだったからいいけど」
相合い傘の少女が二人。
うまく行き過ぎて逆にぽかんとするアユミの姿が目に焼き付いていた。
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