#004 / 雨詩-Clear rain'-

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「……珍しい格好してるな」  わたしが家に帰り着くなり、玄関で迎えてくれた羽村くんはそう言った。私は顔を覆う。 「…………何もいわんでください」  いっそお星さまになってしまいたい。  カラスみたいな黒い傘を折り畳み、漂白されたように真っ白い靴を脱いで家に上がる。  前を歩く羽村くんに続いてリビングに入った途端、わたしをじっと凝視して、格ゲー対戦で暇していた先生と雪音さんはこう言った。 「珍しい格好してるな」 「珍しい格好してるわね」  帰りたい。智花さんの家まで時間を巻き戻して、あの満面笑顔と全力全開の大絶賛に少しでも騙されてしまった自分を改心させたい。  まだ湿っているわたしの服はポリ袋に入れて持って帰ってきた。  その代わりに智花さんが貸してくれた服。  ──色は白。天使の羽根より真っ白い白。  そんな白一色のあちこちを飾り付けるは少女の浪漫。ふりっふりのフリルとリボンの群れは溶けるような甘さを香らせる。  首から提げたロザリオと、裾の短さはどこか妖艶? 「……雪音。これ、なんて言うんだった?」 「ゴスロリよゴスロリ。それも白い方」  ───そう。  さんざんわたしを着せ替え人形にした智花さんは、最終的にこのゴスロリ衣装を持ち出したのだ。  何のために買ったんだろう、一体。  冗談交じりでわたしにこの服を着せるなり、呆然とパチパチ拍手してきた智花さんはまだ記憶に新しい。 「……羽村くん。たすけろください……」  わたしは顔を覆って相方さんにSOSを送る。しかし彼はなんだかぼーっとしていた。羽村くん? と呼び直すと彼ははっと正気を取り戻し、深刻そうに告げた。 「……先生」 「なんだ?」 「意外と、似合って………………ますよね?」 「は?」 「ああ……うん、似合ってるな。いいじゃないかアユミ。かなりいいぞそれ。いやむしろ素晴らしいと言うべきか」 「……少年……お前」  なまぬるい空気の中で、羽村くんは小さく繰り返した。 「そうか白ロリか……アユミに白ロリ。いいな。アリだ」 「おい、クソ巫女。あいつ目覚めてないか? 目覚めてるよな?」 「そうね、性癖歪んじゃったわね、いまこの瞬間に」  部屋が似てれば趣味も似る。そんな羽村くんと智花さんなのでした。 +  アユミちゃんはちゃんと家に帰り着けただろうか。 「…………」  窓の外を横目で見やり、私・桂智花は三十分前までこの部屋にいた少女のことを考える。  赤い髪の女の子。  勢いで連れ帰ってしまったけれど、思った通りのいい子でなんだか嬉しかった。  ──夜は黒。  結局、日が落ちた後も雨が止むことはなかった。  そんな中、灯りもつけず、ベッドに体を倒したまま白い天井を見上げている。  湖底のような色彩の闇。  窓の外には街灯の白。虚ろな光がうっすらと差し込んでいて、まるで月明かりみたいだった。  雨と、月明かり。出会わないはずの二つが出会い、部屋の壁にシルエットを映し出していた。 「……アユミちゃん、か」  本当、おかしな話だった。まさかこの部屋に、またその名前の女の子を連れ込むことになるだなんて。  枕元の写真を手に取った。  廃工場で笑う五人。  その中に混じった私と、隣に座っている、もう一人の少女の笑顔。  綺麗な子だった。  こんなに綺麗な子が私の親友だったなんて未だに信じられないくらいだった。  小さくて、世間知らずで、風に吹かれただけで折れてしまいそうな──そんな絵に描いたようなお嬢様がそこにいた。 「………」  野川亜由美(のがわあゆみ)。  桂智花がこの世で一番大切にしていた、大好きな親友。  彼女は何も出来なかった。  料理は下手だし、すぐ転ぶし、背は低いし、期末試験のあとは決まって二人して落ち込んだ。  だけど「智花、次こそはがんばろうね」なんて笑いかけられるたび、試験のことなんてどうでもよくなった。その笑顔より綺麗なものなんてこの世のどこにもなかったんだから。  みんな彼女が好きだった。  この写真に写っている誰もが守ろうとして──そして。 「……」  忘れもしない。  あの夜、信士──あの五人のうちの一人──から亜由美が事故に遭ったと聞かされて、私は生まれて初めて卒倒しそうになった。  事故。  列車事故。  あの亜由美が駅のホームから転落して、急行電車に轢かれたという知らせ。 「…………」  それを聞いた時、私は「亜由美はどこの病院にいるの?」と聞き返した。  事故にあった。怪我をした。なら、病院で治療を受けるのが当然だと、私の脳はそう言ったんだ。  だって理解できなかった。理解できるはずがなかった。理解したら終わってしまう。  ……だから、信士はそんな私の状態を察して、気遣うように言ったんだ。  つらいのは、哀しいのは私だけじゃない。  俊彦も、流星も、信士だって本当に苦しかったはずなのに。 「う……」  頭が痛い。また記憶が混濁しそうになる。私の手から何が黒いモヤのようなものが、水中の墨みたいに滲み出す。  ガチガチと震え、歯の根も噛み合わず、溢れる涙を拭うこともせず、それでも必死で笑顔を作り続ける私の肩を支えながら、信士は優しく言ったんだ。  亜由美は、もう、この世にはいないんだよ──と。
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