#004 / 雨詩-Clear rain'-

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 来客のベル。 「……何しに来たのよ?」  智花さんと玄関に行ったら、信士さんと俊彦さんが立っていた。  二人とも既に着替えて私服姿。濡れた傘を折り畳みながら、口々に言ってきた。 「何、気にするな。友人を助けるのに理由はいらない」 「ちょっと! 人を狼みたいに言わないでくれる!? 否定できないけど!」 「いや否定しろよ。ま、だから来たんだけどな。アユミちゃん、智花にヘンなことされなかったか?」 「人聞きの悪い。ていうかあんたたちねぇ。女の家にずかずかと、」 「何を今更。そんな遠慮し合う仲でもあるまい」 「んじゃそういうことで。邪魔するよアユミちゃん」 「あ、はいっ!」  ちらりと、開けられた玄関の外を見る。傘を差し、フードをかぶった黒服の少年が足早に横切っていった。――チェーンのピアスが鳴っていた。 「……嬉しいな。またみんなで集まれて」  嘘じゃない。本心だ。 「アユミちゃんがそう言うならいいけどさ。まったく……私がアユミちゃんに何かするわけないじゃん。美少女は綺麗なままだからいいんだってーの」 「ほう? なるほど、変態にも美学はあったのか。どう思う俊彦」 「信用ゼロ。ま、晩飯食べたら帰るからそんなイヤな顔すんなよ。な?」  もう、しょうがないなぁ……なんて呟きながらも、口元は笑っていた智花さん。  楽しい夜になりそうだった。 + 「───」  予想通り、騒がしい時間になった。  信士さんと俊彦さんの遣り取りに智花さんが大笑いして、わたしも我慢できずに笑ってしまう。  と、そこで智花さんが何かを思いだしたように立ち上がり、今日返したばかりのそれを持ち出して、わたしを部屋の外に連れ出した。  何をされるのかと思ったら服を脱がされて、そして部屋に戻る頃にはまたゴスロリ子と化しているわたし。信士さんも俊彦さんも大笑いしてて恥ずかしかったけど、トランプの罰ゲームと称して信士さんがゴスロリにされた時は、私も腹筋が捩れるくらいに笑わせてもらった。いやそうな顔にメガネも外して、もとの凛々しさが台無しの信士さんは傑作だった。智花さんにカメラを向けられた時はさすがに逃げ出してたけど。  俊彦さんはわたしにギターの弾き方をちょっとだけ教えてくれた。智花さんの部屋にあったエレキギター。これはもともと俊彦さんの持ち物で、智花さんが気紛れで借りた物だったらしい。  器用に音を奏でる俊彦さんの横顔は素敵で、とてもいい曲だと思った。  智花さんはずっと笑っていた。  本当に楽しそうな笑顔。  わたしもずっと笑っていた。  だけどふと、思い出してしまったんだ。 「──────」  吉田流星さん。  今朝死体で発見された、この三人の仲間だった人。  きっと彼も、この人たちに負けず劣らずな楽しい人だったに違いない。  それに、二ヶ月前に死んでしまったというもう一人も。  ……どうして?  どうして、流星さんは死んでしまったのだろう。  殺された?  誰に?  ――この三人の中の、誰かに。 「…………」  分からない。  分からないよ。  こんなにも楽しい人たちなのに。  こんなにも優しい人たちなのに。  わたしには、信じられなかった。  智花さん。信士さん。俊彦さん。この三人の誰かが、大好きな仲間を殺してしまったなんて信じたくなかった。  ──だけど。 「……っ」  時折、見えていたんだ。  机の上の写真立て。無言で五人揃った写真に目を向けるたび、背中から黒い呪いが滲み出す。  悲しみ。  怨嗟。  それはとても深くて、強くて、身じろぎしてしまうくらいに濃い呪い。  顔はすぐまた笑顔に戻るけれど。  だけど、時折また視えてしまうんだ。隠しようのない呪いが、カタチとして。  呪いの持ち主は── 「……智花さん」 「ん? どしたのアユミちゃん」 「ちょっと、トイレ行ってきます」 「おう、行ってらっしゃい」  言って、部屋を出て、静かにドアを閉めた。  真っ暗な階段。部屋の外で、騒がしい声を聞きながら、一人呟く。 「……わからないよ」  呪いの持ち主は──三人(・・)全員(・・)。  全員が代わる代わる写真立てを見上げて、背中から呪いを立ち上らせていた。  信士さんも、俊彦さんも、智花さんも。  ふとした瞬間に瞳が翳るんだ。  どうしても思い出してしまうのだろう、死んでしまった一人目のことを。  三人の誰もが、本当に、同じくらい強い呪いを抱いている。なのに顔は笑みを浮かべて、逃避するように楽しい夜を過ごし続ける。  ──楽しいはずの時間が、途中からは息もできないくらい苦しくなっていた。  だってみんな心の中では泣きそうになっているんだ。  痛い。哀しい。苦しい。なんで? なんで死んでしまったの? って泣いているのに、それを忘れようと懸命に笑い続ける人たち。  その笑顔がいまにも崩れそうなものであることを理解した瞬間に、わたしは素直に笑い返すことができなくなっていた。  ……仮初めの夜、決して信じたくはなかったけれど。  あの三人のうち、誰が犯人だったとしてもおかしくはない。そう、思い知らされてしまった夜だった。  雨はまだ、降り続けている。 +  遊び疲れた夢の淵。押し寄せる波のような夜の闇、意識を溶かす雨の音。  智花さんはソファで、わたしは押し付けられたベッドで眠っていた。遠慮しようとしたけれど、智花さんは決して譲ろうとはしなかった。 「ねぇアユミちゃん」 「……なに?」  真っ暗な部屋で、ぽつりと智花さんが呟いた。  いつもと何も変わらない声で。 「花は好き?」  疲れ切っていて、眠くて、なんて答えたのかもよく覚えていないけれど。 「ちょっとしたいじわる問題。私ね、好きな花がひとつだけあるんだ。」  ──どんな、花なんですか? 「贅沢な名前の花。星の名前を、二つも背負ってるんだよ。その花の香りをかぐと、五人で歩いてた学校の帰り道を思い出すんだ」  ――二つの、星? そんな花、あったかな……。  そんな呟きを最後に、意識は眠りに落ちていく。  夜は深い。  眠りも深い。  ただ祈った。  ──明日も、また、四人一緒に。  それだけを一心に祈り続けた。
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