#004 / 雨詩-Clear rain'-

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「……そう、また殺されたの」  早朝の早坂神社。  屋根の下、縁側に腰掛けて、俺・羽村リョウジは手の中の湯飲みを見下ろした。  隣には雪音さん。アユミと先生は別行動ですでに出ている。  雨の中、巫女さんは灰色の雲を見上げて物憂げに呟いた。 「アユミに伝えますか」 「やめておきましょう。アユミちゃんはいま、潜入任務中なんだもの。あの子はきっと動揺する。その動揺が、何か悪い方向に働いて、取り返しのつかない隙になりかねない」  同感だ。  アユミは聡くはあるが、非情ではない。そこまでの感情の切り替えはできないだろう。 「まったく、どうしてこんなことになるのだか。仲良しなはずの友達が次々と」  透き通った雪音さんの瞳が世のしがらみを心から憂う。  中林俊彦。  俺が、俺たちがもっとしっかりしてれば、彼が殺されることはなかったのかも知れない。 「……」  知らず、拳を握り締めていた。  無力な手だ。目の前で消えゆく命ひとつ救えなかった。   ――人が死んだ。それも理不尽に。その実感は遅れてやってきて、胸の内側を暗澹としたもので満たしていく。 「顔を上げましょうか」  ふぅ、と息を吐いた雪音さんの横顔を見る。  瞳はただ真っ直ぐに、雨の縁条市の遠景へと向けられていた。 「覆水盆に返らず、と言うでしょう。あなたたちは最善を尽くした。それは総括である私が保証する。そう、それこそ予知能力でもない限り防げなかったのよ。こればかりはどうしようもない」  静かに、彼女は説いた。 「けれど、だからと言って立ち止まっていいわけじゃない。このまま盆を傾け続けていれば、水は次々と零れていってしまう。いずれ……最後の一滴が枯れるまで」  ぴちゃり、と終末の音色が聞こえた。  そう遠くない幻聴。  現実にするわけにはいかない。 「……止めます。ぜったいに」  生存者は二人。  桂智花と、美濃信士。  どちらか一人が真犯人で、残るもう一人はそいつに命を狙われているんだ。だからあと一人殺されてしまえば、この事件は最悪のカタチで終わるのだろう。 「……させるか」  先生は朝一番に家を出て、美濃信士の監視に向かった。  静かに玄関を押し開ける先生の横顔が、とても険しかったのを覚えている。  俺もそっちに行って補佐しなくてはいけない。桂智花の方はアユミと雪音さんが。この布陣で、四人掛かりで全力で事件を終わらせる。 「アユミは、どうしてましたか?」  気にならないはずがない。  あいつはきっと一番つらい立ち位置にいる。このあと事件がどう動いても悲しまなければならない位置に。 「とてもうまく溶け込んでいるわよ。どうにも、本当に仲良しになったみたい。深入りしてしまっている、とも言うけれど――」 「……そうですか」  何故だろう。  そのとき、不意に悪寒に襲われた。 「そう、まるで姉妹みたいでね。桂智花さん。思ってたより、とってもいい子よ。事件さえなければ、普通に友達になれたでしょうにね」  そういえば、昨日の朝も同じことを思ったんだ。  アユミの華奢な背中が、何かに誘われて、俺の知らない場所へと連れ出されていく。そんなよく分からない幻視。  幻の中の、遠くへ行ってしまうアユミはとても幸せな顔をしていた。  真っ暗闇の雨の中。  誰かの手を取ったアユミが、まるで命より大事な宝物を得たように、笑う。 「…………」  ──なあアユミ。お前は、死なないよな?
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