#005 爆音-MetalxHeart'-

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「メタルハートっちゅうバンドを知っとるかね」  ぱちんぱちんと弦が切断されていく。  古くなったスチール弦が取り除かれ、楽器屋のじいさんは布巾(ふきん)に、なにやら泡の立つスプレーを吹き付けた。  その布で、ギター全体を磨く。 「もう古いバンドじゃけん、お前さんら若いもんは聞いたこともないじゃろうて。そりゃあメジャーデビューこそしとらんが、縁条市を代表するインディーズの筆頭だった」  次は金属部分。銀磨きみたいなヤスリでサビを落としていく。アクセサリを磨く時に使うやつと似ているなとどうでもいいことを考えていた。 「ほれ、西通りは知っとろう。あの売れないオモチャ屋の三件隣にな、昔は細い階段があって、そこを下ると縁条UGという、客がわんさか入るライブハウスがあった。信じられるかえ? お前さんらの親父母親世代の話だが、この街にライブハウスがあったんじゃよ。  タバコの匂い、眩しい照明、やたらめったら人口密度の高い空間。あの打ちっ放しコンクリートの箱に、縁条市の音楽はまとめて詰め込まれていたのさ」 「へぇ……ライブハウスっすか」  楽器屋の中は俺たち以外無人。客が入ることもない。  商店街隅の楽器屋『Drizzle』の奧で俺はパイプ椅子に腰掛け、店長の雑談に耳を貸していた。  アユミはぼうっと店の中を見回っている。なんだか知らないが、ぴかぴかのエレキギターに興味があるようだ。……誰かに教わったのかもな。 「左様。いまでこそ縁条市自体が廃れておるが、当然この街にも輝く時期はあった。メタルハートは、その時代を代表するロックバンドだったのさ」  老店長は、目だけは遠いままに、さくさくと作業を進めていく。  指板に潤滑スプレーを吹きかけてから、一通り拭い取る。新品のようとまではいかないが、俺のボロギターがそれなりに見れるようになった。弾いたことないんだけどな実は。 「ジャンル的にはパワーメタルなんだろうな。しかしヴィジュアル系と揶揄する者もおったか。ひどく乱暴な音と、ひどく乱暴な歌詞と、何より人を惹き付ける魅力のあるバンドだった」  店長はギターを持ち上げ、指板が歪んでいないか見通す。すこし歪んでいたのだろう。 小型のレンチみたいな器具を手に取って、ヘッドの部分にあるナットをぐい、ぐい、と回 し始めた。 「彼らが出る夜は、縁条UGは決まって満員だった。チケットの争奪戦で紛争が起こったくらいでな。ほれ、最近の西通りは花月堂のレースやっとるじゃろ。あれこそあの頃そのまんまさ。西通りってのはなぜか、昔からそういう場所だった」  それは意外だ。てっきり、荒れてるのはいまだけかと思っていた。 「ライブツアーもよくやっとった。日本横断ってやつさ。いくつもの伝説を打ち立て、大量のファンを魅了し続けたインディーズ帝王メタルハート。――しかし、彼らの栄光はわずか半年。そこで伝説は潰えた」  指板の調整を終えると、じいさんは新しい弦を取り出して、一本ずつ丁寧に張り始めた。  きし、きしというスチールの張り詰めていく音が、慣れない人間としては何やら怖ろしかった。 「……たった半年? 解散したとか?」 「いや、これが不思議な話でな。メタルハートの心臓とも呼べる、ギターの御堂恭司。彼の出す音には呪いが掛かっとったという噂だ」 「呪い?」  そりゃ穏やかじゃないな。 「なんでも、彼が最高潮だったある夜、客が正気を失い殺し合いを始めたという逸話でな。そんな話が持ち上がって1ヶ月後、御堂は行方を眩ました。いまだに誰も、ヤツがどこで何をしとるのか、そもそも生きているのか。それさえも分からない、インディーズ帝王たちの終幕劇さ。ほれ、終わったぞい」 「あ、どーも」  リペアの終わったギターを受け取る。  傷だらけのアコースティック、弾けないギター。  手に持ってみると、何やら不思議な感じだ。ただ掃除されただけだってのに、命を取り戻したみたいな重さを感じる。 「へぇ、思ってたよりかなり綺麗になってる……さすが店長」 「はっはっは、そりゃあんだけホコリかぶっとりゃ汚くも見えるわ」  確かに。  あれは我ながら酷かった。 「いいか少年、何だって楽器はケースに入れとくもんだ。ほったらかしで機嫌が悪くなるなるのは道理だろう。そう……ほれ、あこの少女と同じようにな」  小さく笑った店長は、アユミの横顔を顎で示した。  確かに、これ以上ほったらかしで機嫌を損ねられても困る。さっさと行くか。 「店長、お代は」 「いらん。修理ってほどの修理もしとらんしな、弦代もサービスしてやるよ。強いて言うならこれも暇潰しさ。何、若い子が来るのが嬉しくてな。また来いよ少年、彼女も連れて」  ……なるほど、そう来たか。  やっぱ兄妹には見られないんだろうな。兄妹みたいなもんだが、兄妹じゃないし。 「羽村くん、わたしもギター買おっかな。あこに置いてあるぴっかぴかのエレキ」 「やめとけ。値札に十万って書いてある。賞金が一発で飛んでくぞ」 「えー……でもかっこいいよ?」 「はいはい。そんじゃ店長、お邪魔しました。また来るっす」 「おう、楽しく演れよ少年。あとギターは大事に扱え」 「へーい」  ギターを背負って店を出る。午前の商店街は穏やかだ。アユミもしぶしぶ赤レスポールを諦め、店長に一礼して出てきた。  とぼとぼと残念そうに歩いてきた彼女は、ぽつりと声を漏らす。 「欲しかったな、ギブスン」 「ギブソンだよ」
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