#005 爆音-MetalxHeart'-

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 されど策謀は影と踊る。  一見平和な休日の裏で、密かに蠢く企みがあった。 「にゃっふっふっふ……どうだね組長。首尾の方は」  茂みの中に身を潜め、金髪の少女が怪しく笑った。  答える声は霧のよう。いまにも消えてしまいそうな返答が、底無しの無気力を少女に告げる。 「……いえさー。万事滞りなく進んでおります、団長」 「にゃっふっふっふ……お主も悪よのぅ、組長」 「……いえさー。あなたほどではありませぬ、団長」  二人の背後から、がさがさともう一人が顔を出す。 「雛子ちゃん、言われた通り借りてきたけど」 「おお、これは隊長。にゃっふっふっふ……ていうかよく借りれたねぇ、あたしたちユーレイなのに」 「早坂神社の雪音さんにお願いしたら、快く貸してくれたよ。でも何に使うの? 携帯電話なんて」 「にゃっふっふっふ……安心して、全部あたしに委ねるのがいいよ。じゃちょっと失礼して――」  優奈から携帯を受け取り、雛子は一人だけ距離をとって、電話を掛けるのだった。 「あ、もしもしアユ姉? ちょっと、ご相談がありまして――」  されど策謀は影で踊る。 +  放流。  改札口から人々が溢れ出し、思い思いの方向に流れていく。  縁条市、宮代(みやじろ)駅。駅前である。 「暇だねぇ……」 「まったくだ」  俺たちは縁石に腰掛け、木陰で何をするでもなくだらけていた。  アユミはどこで教わったのか、俺のギターで意味もなく和音を奏でていた。 「しー……」  ただし、思い出しながら指を一本ずつ動かして定位置に持っていくので、曲にはなっていなかった。 「でぃー……びーまいなせろん……せたん……せなせな……あれ、なんだっけ?」 「俺が知るかよ」  うぅ? とアユミが視線を上に。見上げた空は無責任な青。飛行機雲が遠かった。  むぅ。と視線が降下。左手は次の和音に移行するようだ。諦めたらしい。 「いーまいなー、と」  哀愁は鳴る。しゃらんとギターの声で鳴る。  もう満足したのか、アユミは「よし」と笑顔でギターを置いた。 「羽村くんは弾かないの?」 「弾けないんだよ。お前以上に」 「ほうほう。ではわたしの勝ちですな」 「ああ。ったく、どこで覚えてきたんだか」 「えへへーそれは秘密」  アユミは影のない笑みで言う。だが、何かこう微細な引っかかりを覚えた。 「? どうかした?」 「……いや。なんでも」  失言だったみたいだな。余計なことを聞いてしまった気がする。 「…………」  ぼうっと道行く人々を観察。  縁条市は平和だ。隣には赤髪の少女。特別やることもない、何の有意義もない俺たちの休日。 「ん」  ふと、アユミが呟いた。 「見て羽村くん。クレープ屋さんとたこ焼き屋さんが喧嘩してる」 「なんだよそりゃ」  苦笑しながら目を向けると、確かに喧嘩していた。  どうやら屋台の位置関係に問題があったらしい。店主らしき二人が掴み合い罵り合い、周囲の人々が目を合わせないように通り過ぎていく。 「止めた方がいいかな」 「やめとけ、俺がお前を止めるはめになる。……しかし、あんまり気分のいいもんじゃないな」 「うん」  クレープにしろたこ焼きにしろ、人々の娯楽というか余剰というか、楽しむための存在だろう。  それを作る人間たちがあれでは、周りとしてはあまりよろしくない。ましてや巻き込まれようもんなら休日が台無しだ。ああ神よ、何故人は争うのか。どうでもいいけどな。 「どうしてみんな、仲良くできないのかな……」 「う」  淋しそうな表情が目に入る。  なんか遠回しに責められてる気分。そうだな、俺と美空もあんなんだったな。 「ま、その辺は人類永遠の命題ってところだろ。仕方ないさ」 「だけど……」  気持ちはわからんでもないがね。  と、そこで唐突にアユミの電話が鳴る。 「むむ。ちょっと待ってね羽村くん」 「応よ」  で、アユミが電話で誰かと会話を始める。そこで気付いたのだが、ギターを置きっぱなしだった。 「……アホか、俺は」  のそのそ歩いてギターを回収する。戻る頃には、アユミの通話も終わったようだった。 「電話、何だったんだ?」 「……あー、えっとね」  なんだ? らしくもない、言い淀んでいる。 「ねぇ羽村くん、例えばの話なんだけど。もし、仲間内で接点の薄い二人がいたとして、その二人をうっすら仲良くさせてあげたいなぁーなんて考えてる時、羽村くんならどうすればいいと思う?」 「さぁ。試しに二人きりにしてみるとかか?」  他人の相談ごとか。どうでもいい。 「やっぱ、そうなるよねぇ。うん。わたしもそんな感じかなぁと思いはするんだけどもねぇ」 「誰の話か知らないが、あんまり肩入れすんなよ。疲れるぞ、そういうの」 「そうなんだけどねぇ〜。分かってるんだけどねぇ〜」  縁側のばあさんのように、間延びした声でアユミが漏らす。意味分からん。 「ところで羽村くん、わたしは用事ができました」 「なに?」 「ギター持って帰るよ。邪魔になると思うから」 「そうなのか? 帰るんなら、俺も一緒に帰るが。用は済んだし」 「いやいやいや、いいのいいの。わたし、これからごく個人的な用事が残っておりまして」  なんだ? あからさまに胡散臭い。 「……気になるな。面倒事じゃねぇだろうな」 「いえ違いますよ? ぜんぜん違います」  きっぱりと言い切られる。これ以上踏み込むのは野暮か。   打って変わって、湖面のように澄んだ理知の瞳でアユミが言ってくる。 「ねぇ羽村くん、そういう日もあるらしいよ」 「そうか。そういう日もあるのか」  なら、それが正しいんだろう。  俺は思考を放棄して、アユミの言葉に従うことにする。  アユミが真実だと言うなら、真実だ。 「じゃ、また。」 「ああ。後でな」  余計な詮索をすることもなく、さっぱりと俺は背を向ける。  アユミも振り返りはしない。  静かに、俺たちはそれぞれ雑踏の中へと埋もれていったのだった。  +  されど策謀は影と踊る。 「にゃっふっふっふ……成功成功。やったね、組長」 「……いえさー……やりました、団長」 「っていうか、電話一本であんなにあっさり別行動するんだね。なんだか意外」  茂みの中に身を潜め、少女たちは思い思いを口にした。 「さて、それじゃ次行くよ次。作戦第二段階、『あら偶然、まさかこんなところで会うなんて!? から始まる運命でぃすてぃにー』すたーとぅ!」  少女たちは手を繋ぎ、元気に茂みから飛び出した。  まるで猫のように。  亡霊少女たちの背中が少年を追いかけ、雑踏の間に消えていく。
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