#005 爆音-MetalxHeart'-

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 ところで俺・羽村リョウジは現在、早坂神社のそばにいるわけですが。 「…………」 「…………」  児童公園で沈黙中。  周囲は住宅。平日昼間に公園でたむろする暇人なんて、俺たちくらいなもんだろう。  脆そうなベンチに腰掛けたまま、優奈の横顔を盗み見る。 「…………」  ふわりと吹いた風が撫で、しおれた木の葉が視界を跨ぐ。  錆びたブランコ。錆びた滑り台。乾燥しきった地面に淋しい枯れ木。  空は青。  退屈な秋の真昼の公園で。  怖ろしく()になっている少女がそこにいた。 「いや……すごいな」 「えっ?」  ようやく分かった。雛子と違って話しかけにくい理由。身に纏う空気が繊細すぎるのだ。  小綺麗すぎるってのも、損なもんだな。  でもそこまで知ってしまえばあとは簡単だ。 「なぁ、雛子と香澄は何しに行ったんだ? 用事って言ってたけど、亡霊……いや、ユーレイの用事ってのもなかなかないだろ」 「あ……それはその、えっと…………雛子ちゃん考案の、みんな仲良くなりましょう大作戦というかなんというか……」 「ん?」 「――――、」  口元を押さえる。思わず秘密をばらしてしまいました的な。  そうか、そういうことか。  確かに俺と優奈の組み合わせは珍しい。雛子的には、友達二人に仲良くなって欲しいとでも考えたのだろう。気の利くお子様。 「ち、ちち違うの違う。そう、チョコレート。二人はチョコレート工場に出かけたの」 「そりゃまた。ずいぶんとメルヘンな用事だな」  劇場版・吉岡雛子の大冒険。売れるのかそれは。 「……はぁ」 「ん、どした」 「なんでもない」 「そうかい。ところでだな、最近始めた『羽村リョウジの一言格言コーナー』が早くもネタ切れ気味なんだが、何かいいネタ持ってないか」  不思議そうな目を向けられる。 「格言コーナー?」 「おう格言コーナー」 「格言……格言か。ちょっと待ってね。えぇっと……」  考え始める。  と同時に足が揺れ始めた。しばらく思考タイム。三十秒後、両足がぴたりと止まる。 「思いついたよ」 「よし、言ってくれ。ばっちりと決めてくれ。出来ればバストアップになりそうなくらいのイイ表情で」 「わかった」  目を閉じて深呼吸。  一転、星を纏う。  いじらしく指を絡め、愛らしく頬を染め、優奈は少女漫画に出てきそうなくらいのキラキラ笑顔で、きゃらららんと俺に俺だけに囁いてくれた。 「宝生優奈のひとこと格言。――――――“人類みな怨敵”」 「うごフっ」  9999。  俺の頭上に数字が浮かびそうだった。 「まっ、待て。そうだ少しだけ待ってくれ」 「え? な、何?」  がつんと重く脳に響いた。  しかし表情には悪意ゼロ。思いついたままを言ったのだろう。事故だ。たぶん発想の事故だと思う。 「も、もう1回。すまんがやり直しを頼みたい」 「同じのをもう1回言うの?」 「いや。いまのは忘れたことにしよう。ちょっと間が悪かったからな」 「そっか……わかった」  しばし目を閉じる。  黙想。  光明を得たように見開く。来い! 「宝生優奈のひとこと格言。――――――“無駄な努力は努力しても無駄”」 「あーうー」  語呂はいい。  確かに語呂はいいんだが。  俺は無垢な双眸に、ひとつ大事なことを諭しておく。 「いいか、優奈」 「うん」 「それはな……ちょっと後ろ向きすぎるから」 「!」  目が見開かれる。察したようで察してない顔。案の定小首を傾げた。 「不採用?」 「死ぬだろ。いろんな人の心がこう、べきんと音を立てて折れてしまう」 「そっか……残念」  またぶらぶらと足を揺らしながら、優奈は公園観察に目を戻した。  俺は心配になったので、頭を掻きながら聞いておく。 「お前、いつもそんなこと考えてるのか?」 「全然。そこまでネガティブじゃないよ、ちょっと冗談で言ってみただけ」 「ならいいんだが」  優奈は笑って、ネックレスのトップを手の平に載せた。  無言で見下ろす。  小さな黒い宝石。あれ? あんなの付けてたっけか。 「……大人ってね、苦手なの」 「ほほぅ」  嫌いじゃなくて苦手だったのか。 「でも……」 「ん?」 「やっぱり……仲良くした方が、いいのかなって。その方が笑顔になれる(・・・・・・)かもって」  翼の少女は右手を雲に透かして微笑む。空の向こうの誰かと見つめ合うように。 「ときどき思い出すの。ネバーランド。本当に壊しちゃってよかったのかなって……」  儚い微笑。  俺の脳裏を、相沢ユウヤの最期の笑みが掠める。  ――――出来るだけ、君の笑っていられる日々が…………多くありますように  目を伏せ、優奈は静かに首を振った。顔を上げる。 「難しいね。前向きでい続けるのって」 「まぁ、そうだろうな」 「やっぱり雛子ちゃんはすごいよ。いつ見ても元気満々だもん」 「確かに、耳から漏れそうなくらい元気だな」  びっくりしたように凝視される。 「漏れるって、何が?」 「元気」 「漏れるんだ」 「耳からな」 「ヘンなの」   くすりと小さく声を零した。 「……そうだな。俺もそう思う」  やはり笑顔が一番だ。どっかの予知能力者サマも、きっとその顔を望んでるよ。 「ん?」  ふと視線を持ち上げると。  住宅街の中。  ウサギ女が遠くに見えた。 「うへぇえ……ロリコンめ」 「殺す」  俺投げる石。  美空が全速力で逃げていく。当たらない脱兎。二十個投げても当たらなかった。 「待てやごるあああああああ! 美空ぁぁあああああああ!!」 「ほーっほっほっほっほ! 喜びなさい、銀一が帰ってきたら盛大に言いふらしといてあげるわ! 『羽村の好みは十歳前後』ってがっつり教えといてあげるわ!!」 「やめ、ちょ、よりによってあの人間スピーカーかよ!? 染る! 病気のように噂が感染していくぅぅううううう!!?」  最期に俺は、転がっていたレンガを拾う。  がしゃん。踏み込む足は獣の前足、一度大地を捕らえてしまえば決して滑ったりはしない。草野球出禁クラスの、無敵ピッチングを見せてやる。 「く、た、ば、れぇえええええ!!」 「ふふんっ、ウサギ連弾ッ!」 「何ィ!?」  飛び出す無数のぬいぐるみ。ずどどどどーとレンガを爆撃する。 「お返しよ、死になさい!」 「ごはッ!?」  単体爆撃、足元から駆け込んできたウサギのぬいぐるみが顔で爆破。無様に吹っ飛ばされる。  そこでとうとう見えなくなった。膝を屈する。息が切れている。ぜぃぜぃと肩で呼吸しながら、俺は呻いた。 「出会い頭だ……出会い頭を狙って一撃、脳天に……次はぜったい仕留めてやる」 「仲……悪いんだね」  前世からな。  息を整えて立ち上がる。 「その、なんだ。見習わないようにな」 「喧嘩ってこと? しないよ。雛子ちゃんも香澄も絶対ないよ」  鈴の声で笑われる。  まぁ確かに、その辺は香澄が仲裁しそうな気もする。ビバ空気読める子。影の組長、そーいやあいつの呪いって何だっけ。  その時。 「「!?」」  気絶しそうになった。  鼓膜が破れたかと思った。  衝撃波? いや違う。まるで空から降ってくる重力場みたいな。 「うぎ……なんだこれ、なんかの『音』、なのか――!?」  公園の遊具がビリビリと振動している。  耳を塞ぐ。  しかし異音は止まらない。ぴしりと滑り台に亀裂が走った。 「ぅぐ……神社の方みたい、だよ――!?」  黙考する。  どうにもバカ双子のイタズラとか、魔女巫女の喧嘩とかいうレベルではなさそうだ。  あの錆びれ神社で何か起こってる? なんでだ。あこは縁条市狩人の本拠地だってのに。  ふぅとひとつ息ついて、俺は今後の行動方針を考える。 「…………正直言うとだな、ここでのんびり油売ってる方が俺の好みなんだよ。やばいものには関わるな。何事も華麗にスルーが世界平和のコツ」 「そう……」 「しかし、だ。まずもって何より耳が痛い。次に、場所が場所だ。早坂神社には知り合いがいるというか、基本的には知り合いしかいない」 「ああ、参拝客来ないもんね。一人も」  さらりと酷いな。たまに来るんだぞ実は。稀に。限りなくゼロ近いけど。 「はぁ……」  面倒くさい感情に諦めをつけ、気怠いままで決定を下す。 「しゃーない、行きますか。お供してくれるかい? 天使さん」  突き刺さるような音の中で、ごしごしとジーンズでこすってから右手を差し伸べる。  優奈は何故か目を見開いた。  なんだ。そんなに行きたくなかったのか。 「…………ふふっ」  何やら嬉しそうに手を取って、少女の白い翼が具現化する。 「つかまって。最速で連れて行ってあげる」  天使の微笑み。  手を引かれ、青い空に舞い上がる。
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