#001 / 黒塗-Never Land' I-

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「──未来予知?」  陰気な高校生は笑みを深める。俺は言われた言葉を反芻した。  未来予知を、信じるか。  未来予知とは超能力の一種だ。読んで時の如く未来を予知するもの。その力を持つ人間はこれから起こる事象を前もって予見するという。  例えば、数秒先に目の前の交差点で起こる交通事故だとか。  例えば、数日後に自分の引き起こす大きな失敗だとか。  それらをあらかじめ察知することが出来る能力。言うまでもないが、現実にはありえない。 「悪いがオカルトには興味なくてね。陰気話で盛り上がりたいなら他を当たってくれるか」  俺は適当に手を振ってそいつを追い払おうとした。そして今度こそ円硬貨を投入しようとするが。 「……ブラックコーヒー、コーラ、コーンポタージュ。計三百六十円、お釣りは五十円玉二枚と十円玉が四枚」  すらすらと、まるで見てきたように述べる。  しかし五百円玉はまだ俺の手の中。おい、ちょっと待て。 「──な」  ギョッと目を向けると、そいつは小さく声を上げて笑った。 「すまない、ボクに出来るのはせいぜいこの程度の予言でね。くだらないだろ?」 「……つ」  くだらない。本当にくだらない。訳知り顔でジュースの銘柄を正確に当て、釣り銭の内訳も言い当てて笑む。そんなものは当てずっぽうでも出来るだろうさ──たぶん、出来ないことも……ない、のか?  そいつは、いつまでも不自然に朗らかな笑みを浮かべて俺を見ている。 「用件を言ってくれないか。お前が、わざわざ俺を尾行してきた理由は何だ?」 「尾行ではないよ。この場所で十五時二十六分にボクと君が偶然再会する。ボクからすれば、こんなものは待ち合わせみたいなものだ」 「設定はいいんだよ、間に合ってる。俺はオカルトとかホラーとかには興味ないんだ」  早々に切り捨てるつもりで突き付けた。しかしそいつは何でもないように、変わらない調子で返してきた。 「だろうね。僕だって別に、そんな話をしにきたワケじゃない」 「何……?」  言いながら、俺を差し置いて自販機に硬貨を投入する。  ぴっ、がたん。  取り出し口から缶コーヒーを取り出して、自販機の横に鞄を置き、その上に腰掛けた。 「ふぅ……いいね。やっぱり寒い日はコーヒーに限る」  悠然と空を見上げて呟く。何がしたいんだこいつ。  そんな内心が顔に出ていたのだろうか。そいつは俺を見上げて苦笑し、言った。 「特に、用があったわけじゃないんだよ。ただ少し、キミと話してみたかった。本当にそれだけなんだ。だから少しでいい。付き合ってくれないかな」  言いながら笑いかけてくる高校生から、ウソや悪意らしき物は感じ取れない。  ──それどころか。  何なのだろう。この、死を待ち疲れた病人のような表情は。 「……」  本当に、よく、わからなかったが。  とりあえず俺もそいつの隣に腰を下ろし、黙ってみることにした。 「まぁ、雑談なんだけど。兄貴と気が合わなくてさ。もうずっと、ピリピリしちゃってやりにくいの何の。だからこうして、家に帰らず一人で外を歩く日が多いんだ」 「……」  そりゃまた、淋しいヤツだな。華の高校生のクセして。 「それでやることが猫イジメか? 最悪だなあんた」  ふん、と鼻を鳴らしてやった。しかしそいつはおかしそうに笑うだけだった。 「勘弁してくれ。別に僕が言い出したんじゃない。友達の一人が抱き上げようとしてね、その時に引っ掻かれてキレちゃったみたいだ。あまり品のいい友人たちじゃないから、止めようなんて考えたら僕の方が何されるか」  その割には何か、リーダー格だったみたいじゃないか。 「……あんなものは仮初めさ。うちは進学校でね。人間の優劣が成績で決まる。僕は試験だけが取り柄だからね。それに関してだけはまだ負けてない……それだけさ」  「ふん。そんなもんか」 「ああ、そんなもんだよ」  それっきり、会話は途切れた。  カサカサと降り続ける落ち葉の音色だけを聞く。  鼻先を抜けるのは暖かい缶コーヒーの匂い。隣には、よく分からない誰か。  ……だんだんと、自分が何してるのかわからなくなってきた。  ふと目の前を子供の集団が駆けていった。五人編成の正義の味方、今日のミッションは季節遅れのセミ探しらしい。  セミって、夏の一週間しか生きられないはずなんだけどな。夕暮れ頃、意気消沈しながら帰っていく姿が目に浮かぶ。 「──いいね。子供は無邪気で」 「うん? ……ああ、そりゃ無邪気だろうな。子供なんだから」 「あの子たちは可能性に溢れてる。未知の領域がたくさんあるんだ。まだ知らないこと、まだ知らない場所、まだ知らなくていいこともたくさん、たくさんだ」 「…………」  そんなの、イマドキの高校生が羨ましそうに言う台詞じゃないだろ。  あんただって同じだ。俺も。まだ青いガキのうちから悟ったようなこと言うと、年上のお姉様に刀で突っつかれ──もとい、笑われるぞ。  そんな言葉は呑み込んだ。  それは、この変なヤツが、本当に穏やかな笑みで子供たちを見ていたからだ。  意外や意外……コイツ、子供好きらしい。分からないもんだな。 「そうだキミさ、死相出てるよ死相。ちょっと気を付けた方がいい。般若のお面には気をつけて」  よく分からない高校生が、飲みかけの缶コーヒーを置いたまま、よく分からないこと言って立ち上がった。  これでお別れってことだろう。もう飽きたのか。やっぱ、変なヤツ。 「ボクの名前は相沢ユウヤだ。きっと2度と会うことはないだろうけど、覚えておいてくれると、嬉しいね」  くるりと背を向け、自称・予知能力者は不吉を吐いた。 「あとキミはそう遠くない将来、般若のお面にひどい目に遭わされる。こっちは忘れてもいいよ、何も知らないふりをすればいい。得意なんだろ? そういうの」  何の話だ。  背中越しに投げられたそれを笑い捨てる。 「ご忠告痛み入るよ。酔っぱらいの戯れ言だと思って、綺麗サッパリ水に流させて貰う」  苦笑しながら去っていく。  そうして、たった五分の邂逅は終わりを告げた。  相沢ユウヤ。おかしなヤツだ、何本かネジが外れてるんじゃないのか? 「……ま。通りすがりのオモシロ占い師ってとこか」  占い師なんて、ろくなやつがいないけどな。  そんなことを考えながら、俺は自動販売機に五百円硬貨を投入した。
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