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#003 / 天使-Never Land' III-
子供の頃、近所に住んでいる沙紀ちゃんはなぜだか僕によく声をかけてくれた。
「ユウヤくんって、何でも知ってるんでしょう」
少しばかり天体の話をしただけで、僕を博識だと勘違いしているらしい。それは違う。
「兄さんに教えてもらったんだ。半分も覚えてないよ」
「でも、この前だって花のこと教えてくれたでしょう? アカツメクサ、だっけ。聞いたこともなかったよ」
植物のこと。生き物のこと。子供の僕に分かるのなんて、ほんの一部だけれど。
「兄さんがなんでも詳しいんだ。僕のは、兄さんの真似してるだけさ」
兄さんの部屋には、たくさんの本がある。
いつも勉強していて、だけど話しかければ優しい。兄さんは不思議なひとだ。とても頭がいいのに、全然いやなところがない。
厳しいお父さんとの上手な話し方を教えてくれるし、難しい質問もなんだって簡単そうに答えてくれるし、ゲームもスポーツもテストのことだって、なんだって兄さんの言う通りにやってればうまくいった。
僕もいつか、兄さんのようになりたい。
「ユウヤくんは、お兄さんを尊敬してるんだね」
言われて、嬉しくなる。
その通り。
まるで未来が見えるように先のことを教えてくれる、僕の兄さん。
兄が敷いてくれるレールの上、言われたこと、それを遂行するだけで世界は綺麗に回った。
――――だからこそ、いまでも分からない。
僕の誕生日に、沙紀ちゃんが遊びに来てくれたあの日。
水色のワンピースがよく似合っていた。
僕たち二人はいつも一緒に遊んでいた。
幼馴染みというやつだった。
二人で一緒にケーキを食べて、ゲームをして遊んで。
お菓子の用意を忘れたことに気付いて、僕が一人で買いに出かけた。
「ユウヤ。自分の準備不足に女の子を付き合わせるなんてよくないだろう? 一人で行ってきなさい、そうだ小遣いをやろう」
兄さんの言うとおりだと思った。せっかく誕生日に来てくれたんだから、沙紀ちゃんに失礼があってはいけない。
急いでお菓子を買いに出かけて、少しだけ道に迷って、なんとか一時間ほどで帰ってこれた。
両親は留守。
待っていてと言ったのに、沙紀ちゃんは見当たらなくて。
「兄さん、ねぇ兄さん」
がちゃりと兄さんの部屋のドアを開ける。
どうしてか今日に限って、兄さんの部屋はまっくらで。
なんでカーテンなんか閉めているんだろう。
「沙紀ちゃんがいないんだ。もう帰ったのかな?」
兄さんは、勉強机に向かっていた。おなかがすいたのか、何かを忙しそうに食べていた。
勉強机の上におかれた、おおきな“たべもの”。
でも、その“たべもの”こそが、僕の探しもので。
「ああ、ユウヤ」
顔を真っ赤に染めた兄さんは、なんでもないように僕を振り返る。
机の上に、あちこち服をちぎられた人形を置いて。
糸ノコで腕や足の一部をバラバラにした人形を置いて。
「どうした? 沙紀ちゃんならもう帰ったぞ」
沙紀ちゃんと同じ、水色のワンピースを来た人形だった。
水色のワンピースが血に染まっていた。
兄さんは笑う。
沙紀ちゃんの顔は、苦悶に歪んでいた。
「そう、なんだ。もう、帰ったん、だ……?」
僕は何も考えないようにしてドアを閉ざす。
僕はばかになってしまって、何も理解できなかった。
ドアの向こうで、兄さんが何かを食べる音がする。
いつまでもいつまでも音がする。
――――ユウヤくん。
声を聞いた気がした。
何か黒いモヤのようなものが見えた気がして、視界が変になる。
リビングに戻ると、沙紀ちゃんにもらったプレゼントが淋しそうにテーブルの上に転がっていた。
――『知覚』する。
その中身が目覚まし時計だと、どうしてか見もせずに分かった気がした。
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