#005 爆音-MetalxHeart'-

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#005 爆音-MetalxHeart'-

 宝生優奈は砂漠の真ん中に立っていた。 「…………」  開けすぎた空間。壮大な空白。砂風が駆け抜け得て彼女の髪と衣をなびかせる。  色素の薄い空を見上げる。  かすかに翳ったガラスの瞳。それが、何を求めるでもなく青色を映す。 「…………」  流れていく濁流じみた雲。  ――――あの空には見覚えがある。  空っぽだった頃の記憶。波のような雑踏に押し流されて、商店街脇の広場で立ち尽くしていた。  差し伸べられた右手が脳裏を掠める。  それは血の臭いがする手の平で。  だが渦巻く瞳の双眸には、自分と同じ隠しようのない淋しさが見えていた。 「…………」  蝶のような羽ばたき。  舞い散る白雪。燐光を散らして、弾けるように彼女の両翼が具現化した。 「…………」  白い指が、翼に触れる。  愛されたいと願った少女。祈りでも呪いでもある、彼女の心の深い傷跡。  小さな天使は目を伏せて、ざらざらした砂の感触を見下ろした。  ――今朝は寝覚めが悪かった。  よくない夢を見ていた気がする。  ただ誰かに会いたくて、気が付けば、彼女はこんな場所を訪れていた。  私立青柳高校のグラウンド。  いつか、『ネバーランド』と名付けられた何かが具現化しようとしていた場所。そして。 「ユウヤ君……」  誰かを、永遠に失ってしまった場所。  少女の見下ろした先は砂。あるいは灰。あるいは塵。どれだけ掬ってももう還らない、杯から零れ落ちてしまった残骸。  ネバーランドは戻らない。そして、それを夢見た誰かも、また。  ――死は絶対だ。  彼女は胸中で呟いた。死者である彼女自身が、だからこそ誰よりもよく分かっていた。  亡霊という存在。  絶対である死を覆す何か。  しかし、彼女だって本当は心のどこかで気付いていたのだ。二度目の生にずっと付き纏い続けている、拭いようのない違和感に。  分かっている。  恐らく、亡霊という存在は――。 「…………」  ――死は、絶対なんだ。  残酷な事実に目を伏せて、少女は小さく息を零した。  踵を返す。  すると目の前にいた。 「……?」  それは、優奈よりもさらに幼い子供たちだった。 「あー……」 「うー……」  どこか気まずそうに優奈を見上げて、唸りながら言葉を探している。優奈は「お姉さん」の笑顔で言った。 「ソウタ君、リカちゃん。どうかした?」 「あ、えっと……その、ごめん優奈ねぇちゃん……」 「あのね、うんとね……優奈ちゃん、泣いてたよね……」  言われて優奈はどきりとした。  どぎまぎしている二人を見下ろし、褒めるような笑みを浮かべる。幼い子供は感情に鋭敏だ。思っているより、ずっと。 「ううん、泣いてないよ。ちょっと思い出してただけ」 「そっか……」 「そうなんだ……」  また気まずそうに目を伏せ、二人は地面を見下ろした。  揃って気を取り直すように首を振り、顔を上げてくる。 「それで、だな。やっぱ優奈ねぇちゃんにわたさないと……」 「でもわたさないほうがいいような……」  うー、むーと困ったように唸っている。  何だろう。何を迷っているのだろう。優奈は微笑ましく見守ることにした。 「よし、かせリカ。きめた。俺がわたす」 「だ、だめだよっ! やっぱり優奈ちゃんにはあぶないよ!」 「るっさい! これは優奈ちゃんのなんだ、ちゃんとわたさなきゃだめだ!」 「ひぐっ! ふぇええ~、ソウタくんこわいぃ……」  リカがぱたぱたと優奈の背中に逃げ込んだ。裾を掴んで震え出す。  その頭をよしよしと撫でながら、決意を固めたソウタに向き直る。 「優奈ねぇちゃん、いいか」 「うん、何?」 「プレゼントだ」 「そう。嬉しいな」 「でもちょっとキケンかも知れない」 「え……?」  優奈の胸で警鐘が鳴る。  ソウタは右ポケットから何かを取り出し、右手に固く握り締めている。気のせいだろうか。かすかに呪いが滲み出ている。 「ソウタ君、それ……」 「あのな、優奈ねぇちゃん。ひろったんだこれ。でもあぶないからわたさない方がいいって香澄ねぇちゃんに言われた」 「でもね優奈ちゃん、わたしたちにはわかるよ。優奈ちゃんがもってた方がいいって……」  そこまで言って、リカはまた目を伏せる。 「でも、やっぱり危ないし……」 「ああもう、うっさいぞリカ! きめた! うけとってくれ優奈ねぇちゃんっ!」  ばし!  と全力で、ソウタはそれを差し出した。  その、小さく光る黒い石を。 「…………?」  優奈は慎重にそれを見つめる。  ソウタの手の平で沈黙している、かすかに呪いを滲ませる宝石。 「ネバーランドだ」  ソウタの言葉にびくりとした。  消えたはずのネバーランド。それが、どうしてここに?  リカは滲み出る呪いに怯えながら言う。 「それ、ネバーランドのかけらなんだよ……消えるはずだったかけらが、他の呪いと混ざって残っちゃったの……」 「偶然だと思う。でも、香澄ねぇちゃんはひつぜんだって言ってた。きっと優奈ねぇちゃんのために残ったんだって」  優奈はいっそう困惑する。ソウタは決意の表情で再度優奈に石を差し出す。 「……受け取ってくれ」  震える指を伸ばして、優奈は恐る恐る石に触れた。 「うっ!?」  途端、拒絶されるように感電した。 「………」  ばちんと指を弾かれた。危険なもの。確かに危険かも知れない。優奈の脳裏を、あの恐ろしいネバーランドの脅威が掠める。  だが、優奈はもう1度手を伸ばした。  不思議だった。  淋しげに光る黒い石。どうしてこんなにも惹かれるのだろう。どうして懐かしい匂いがするのだろう。  ――この、呪いは。 「ッ!!」  今度は弾かれまいと、強く石を握りしめた。 「く――ぅ!」  瞬間、風圧が解き放たれた。触れる者すべてを吹き飛ばそうとする。  心臓まで感電する。巻き込まないようにソウタから離れ、両手で胸に抱き締める。全身が熱を帯びる。気絶しそうな圧力に膝を突いてしまった。 「優奈ねぇちゃん!?」 「優奈ちゃんっ!」  決壊したように、黒い石から呪いが溢れる。周囲に伸びて生きているように蠢く。  それでも優奈は手放さなかった。 「……そっか……やっぱり、そうなんだ、ね……」  風圧に飛ばされそうになりながら、輝き始めた石を見下ろす。  とくん――  胸が震える。  とくん――  溢れ出す呪いの影響を受ける。  視界が壊れた。正常な視界を一瞬で浸食し、世界を極彩色に染め上げる。  時間の感覚がおかしい。  正しく処理しきれないせいで、過去未来現在の映像がぐちゃぐちゃに混ざってしまっている。  優奈の白い両翼が、悪夢のように真っ黒に塗り染められる。  舞い散る黒雪。  恐ろしい速さで汚染されながら、確かめるように、意識を視界に集中した。色々なものが熔け合っていた。 『―――――』  グラウンドを埋める生徒たち。未来視。  刃を振るう狩人たち。過去視。  倒れた自分に叫ぶ二人。現在視。グラウンドの土の性質。埋められた誰かのタイムカプセル。地面にぶつかって砂の間をくぐり抜け、地下に染み込んでいった水滴の映像。脈略のない映像群がバグを起こして掻き混ぜられている。壊れる。意識が破綻しそうになる。 「う……ぐぅぅ……!」  「放せ」と言わんばかりの放電。石から溢れた呪いが威嚇となって全身に染み渡り、毒していく。  それでも優奈は堪え続けた。  誰かの呪いが混入した、ネバーランドの欠片を握り締め続けた。  知っている。  きっといま、自分の双眸には渦が巻き、周囲に呪いの先端をバラ撒いていることだろう。  これは一帯の情報を貪欲に吸い上げ、恐ろしい計算速度で結果を導き出す未来視の呪いだ。  ――――『全域知覚の呪い』。  だが破綻している。未来予知が正常に機能していない。壊れてしまった残骸だった。 「大丈夫、だよ……怖がらない、で……!」  いっそう強く握りしめる。  この石を。  あの血の臭いがする淋しい右手を。  背中が視える。  ずっと一緒にいたかった。  この身が滅びても構わないから、ずっと傍にいたいと願った。歯を食いしばる。大きく息を吸い込む。 「わたしだよ――――優奈だよっ!!」  叫んだ瞬間に、それはぴたりと収まっていた。 「…………」  呆然と、ざらついた地面を見下ろす。  視界は正常。  翼が燐光を散らして白を取り戻す。呪いも綺麗に収まっている。  知っていた。  この呪いが、自分を傷つけるはずがないことを。  リカとソウタが見守る中で、震える手の平をゆっくり開く。 「…………」  黒い石は、いまはもう沈黙していた。  受け入れてくれたのだろう。優奈を。所有者と認めてくれたのだろう。 「…………………ユウヤ君(・・・・)……」  少女は静かに目を閉じた。誰かの形見を胸に抱き、祈るように。
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