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「ちょっ、大丈夫? ……げ」
「君まで具合悪くしないでね。収拾つかなくなるから」
なんとか上原の吐き気が引くと、近づいてきた十田の顔が青ざめる。流石にそこまで面倒は見きれないと上原の腕を首に回して半ば担ぐように立ち上がらせると、我に返ったらしい十田が反対側に回って筋肉で重い身体を支えた。
「俺のところは何もいなかったけど……門の外に死体があって、二人が血に塗れてるってのはそういうことだって考えて良いの? ……ダメだ、ゾッとしてきた」
「はいはい、落ち着いて深呼吸……はダメか。浅くゆっくり呼吸して」
「……涼君は落ち着いてるね」
「まあ……新といるから」
場に沈黙が降りた。素手で猛獣を倒す僕の友人だ。お察しだろう。
引き摺られている上原の靴先が砂で擦れる音を聞きながら、僕は未だ騒ぎ声の止まない四階建ての校舎を仰ぎ見た。
近年新しく塗装を終え、まっさらな白が日に映える校舎で窓から覗く人影。ちらほらと、僕らの様子を伺っているようだ。
緑の掲示板に並んだ街頭ボランティアの張り紙。今となっては意味をなさない紙の数々から目を背け、壁伝いに階段を上がり続けた。
行きに僕が閉めた防火扉のある東階段。新との待ち合わせ場所はその前だ。
漂う腐敗臭にこめかみのあたりがズキズキする。こっちは衛生環境の良い日本で育ってきた生粋の箱入り。死体への耐性なんてゼロに等しい。
「どうしたんだ裕也は」
出身は同じくせに涼しい顔してそばに倒れる二体の死体──ウチ一人は顔もよく知っている学年主任の竹センだ──をものともせず不思議そうに首を傾げている男。
ブレザーが綺麗にそのままの状態を維持していることを鑑みるに、血飛沫ひとつ上げず始末したらしい。
中々に常人じゃない。まあ、味方なんだから主人公様々だと心の内で拝んでおこうか。
空いている階段のへりに四人で座り込むと、作戦会議と題した話し合いが幕を開ける。幸い防火扉のおかげで音漏れの心配はない。
「なんだ。この程度で」
「俺っち……あーちん見てると情けなさ過ぎて涙出てくる。うぇっ……」
「上原は君みたく死体慣れしてないんだよね。よしよし」
遠回しに新が変なんだと揶揄しながら、僕はこれ以上とどめを刺す言葉を吐かないようそっと目の前の友人を睨みつけた。ついでに首にもたれてきた上原の髪をそっと撫でておく。
果たして、意図は伝わったのだろうか。新は肩をすくめると隣の十田へ流れるように話をパスした。
「この後はどうするべきだと思う」
「うーん、俺としては全校生徒に話すべきだとは思うけど。……正直拗れる未来しか見えない」
「僕もそう思うよ。大体上原と僕に至っては血塗れだ。怪し過ぎて拘束されても文句言えない」
「えぇ……俺っち達捕まんの? あんな頑張ったのに?」
「それをどうにかするために今話し合ってるんだよ。安心して」
「へへっ。涼ちんもっと」
催促するように鎖骨辺りへデコを擦り付ける上原に言われるがまま撫でていると、急に体から重みが消えた。
見ると、寄っかかっていた上原を十田が回収したらしい。
「ったく、裕也は調子乗りすぎな。我が校の王子様に手え出すなって」
「涼のファンはおっかねえぞー」
意味が分からない。思いながら首を傾げていると、僕の肩を引いて自分の方へずり寄せた新が声をワントーン落として、真剣な話題へと移った。
「街の様子はどうだった」
「裏門からは煙が上がってたとしか。最悪火の粉がこっちまで回る可能性は無いって判断したけど」
「表門は異変なし。裏門が東だから西方面の方がまだ安全って考えられるかな」
「となると目下の不安は食糧か。学校なら避難食ぐらいは蓄えてあんだろうがそう長くもたないだろ」
「バリケード作ったら避難民の誘導もしないとだね」
「ラジオを流すとか? 裕也、話すの得意だろ」
「俺っち?! ……え、そもそもラジオってどうやって流すの?」
「あ、電力と水の供給がストップすることも視野に入れないと」
かれこれ十分。話し込む僕らに近づく影にいち早く気づいたのは新であった。
スッと立ち上がり、上の階を見つめる。
満を辞して降りてきたのは、長い髪を一本に束ねた凛々しい目つきの美少女──生徒会長の長月茜先輩だ。
その後ろには見るからにどんよりとした空気を纏っている少年──生徒会会計の石川拓人。鬱陶しいほど長い前髪とボサボサの頭が特徴的で、よく学園のマドンナと呼ばれる先輩にひっついているためか男子諸君から恨みを買っている。記憶が確かなら彼も僕達と同じ二年生のはずだ。
「説明願えるかしら。……堂島新」
長月生徒会長は、腕を組むとしゃんとした声でそう言い放った。
「相変わらずだな」
「あらやだ。私は日々美しさを増しているのよ。それなのに変わらない、ですって?」
「……気の強さはむしろ増してるようだ」
二人は家が近所の所謂幼馴染という関係である。
目の前で慣れた会話が繰り広がるのを見つつ、僕はつい昨日思い出した頭の痛くなる事実に対処しようとゆっくり腰を上げた。
「石川君」
「……な、なに」
彼と会話をするのは初めてだ。
向こう方も僕のような人間に話しかけられるとは思っていなかったのだろう。怪訝そうな、それでいておどおどした雰囲気に警戒を緩めるよう自分にしては優しい声と表情を意識する。
頭ひとつ大きい、見下ろすような視線が突き刺さった。
「それで学校の封鎖……」
「いや、竹センが噛まれたのは」
「火葬した方が良いんじゃ」
「俺っちは食糧リスト作っとくべきだと……」
そばでは新と長月生徒会長、加えて十田と上原が現状を話し合っているため、僕らに注目する素振りはない。
「君っていつも長月生徒会長と一緒にいるよね」
「……それがなに」
またか。そう言いたげに僕を睨みつけるのは、彼がやっかみを受け、散々男子達に陰湿なイジメをされてきたからだろう。
なんであんな奴が。そういう理由で長月生徒会長から引き離そうとする男が大量にいるのだ。中には生徒会長に憧れた女子生徒からも誹謗中傷のようなものを受けていた。
まあ、ゲームの記憶が蘇る昨日までそんなことは知る由もなかったのだが。
「付き合ってるのかなって。君、先輩のこと好きなんでしょ? なのにそういう雰囲気一切無いからさ」
「……るさい。……お、お前も。俺のこと……ば、ばか、馬鹿にしてるんだろ……」
物語において。
主人公──堂島新を正義とするのなら、自ずと敵対勢力が無ければならない。
それはゾンビといった単純悪ではなく、人間関係のしがらみ、それぞれの思惑、思考観念。宗教や国家間の諍いといった様々なものがいがみ合うのだ。
物語のセオリーと言っても良い。
そして主人公の永遠にして最大のライバルと評された悪、石川拓人。
ファン投票では堂々の三位に君臨する敵役という驚きの結果を残した少年である。
ステータスに目覚め、生徒達の大量虐殺を起こし、結果的に新を瀕死にまで追い詰めた。
最終的に反撃を受け、血の海に沈んだ彼のスチルはそれこそファン界隈を超えて一般人にまで流出するほど人気を博した。
死の間際にあらわになった顔が相当美形だったのもあるし、最後に放った言葉が印象的だったのも一因であろう。
“たとえ地獄に堕ちようと……君を愛していたんだ……”
彼の最愛の人──長月茜へ宛てた言葉だ。
石川拓人はその血濡れた手で持って彼女を殺めてしまった。ひとえに、募り昂る恋慕心から。
記憶の限りなら長月生徒会長は新と相棒のように濃い絆を紡ぎ、それがいつからか恋愛へと移り変わる。言い換えると主人公につきものな正ヒロインというものだ。
大衆を導き輝く二人への劣等感、燻り続けた嫉妬心。
多分、そう言ったネガティブな感情が彼を凶行へと突き動かしたのだろうけど。
「──拓人って呼んで良い?」
「……え?」
基本的に新以外の人間を下の名前で呼び捨てにはしないのだけれど。
主人公が彼に勝てたのは運でしか無いとファン達に言わしめた石川拓人の凄まじいスキルとアビリティ。その強さは運営が「ココで死なせとかないと物語終わるから」とまで言ったお墨付きだ。
加えて海より深い愛情が狂気へと変わったその理由。
なぜそんなに他人を愛せる。
なぜ君は世界をそんなにも恨んだ。
君を突き動かすその愛とは、一体なんなのか。
僕は──彼に興味がある。
本当ならもう死んでいるはずの運命。死なんて怖くもない。
ただただありったけの好奇心と、歪な探究心をもって。
「拓人、僕に愛を教えてよ」
君に近づきたいと思う。
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