ゾンビ世界で一番最初に死ぬポジに転生した

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ゾンビ世界で一番最初に死ぬポジに転生した

「じゃあ、俺は先に帰るから」    最終下校のチャイムが鳴ると同時にリュックを背負い立ち上がった男──堂島(どうじま)(あらた)。  彼は友人の僕から見てもなかなかにイイ男だと思う。  実家が代々武道で名を残してきたからか、幼少の頃から鍛え上げられた筋肉とタッパのある体躯は男子の尊敬の念を集めて止まない。  この間なんて舎弟にして欲しいと上級生から頼まれて珍しく焦っていた新を僕は影で笑いながら見守っていた。  それに加え男らしいワイルドな顔立ちは女生徒の熱い視線を集めるし、成績も中々に良いというのだから神様の依怙贔屓は酷いものだと思う。  まことに、世界に愛されてる主人公様は違うのだ。 「……涼? どうかしたか?」 「夜なに頼もうか考えてる」 「俺のオススメはピザだ。と、本当に時間が無いから帰るぞ」 「ん。また明日」  おー、とだけ言って背を向けた彼の後ろ姿をぼんやりと見つめている僕──斉藤(さいとう)(りょう)はちょうど今この時この瞬間、前世という名の奇妙な記憶を思い出していた。 「んー、なるほどね」 “明日死ぬのか”  高校二年生の春。誰もいない教室で送迎の車を待ちながら、僕はピザの宅配を頼んだ。 『明日世界が終わるとして、君は何がしたい?』    そんな質問をされたら人は何と答えるだろうか。  ビルのネオンが眩しい市街地を見下ろしながら、終わりの見えない問いに頭を悩ませる。ポタりとソファに水滴が垂れたのを皮切りに首にかけたタオルで髪を掻き乱した。 「別に今考えることでもないか」  明日にはどうせ世界が終わっている。とすれば、その時になったら自ずと答えは見えてくるのだから。  そんなことよりも濡れた髪がうざったい。ウォーターサーバーで水を足すと一息ついてから無駄に広いリビングを出て長い廊下を気怠げに進む。  何のためかも分からない大層な飾り付けのドアを開け、さらに広がる空間──洗面所には観葉植物が一定間隔に立ち並び、無機質でどこか冷たい雰囲気が漂っていた。  それも無理はない。僕は俗に言う高級マンションに一人で住んでいた。この一人というのは比喩でもなく正真正銘の一人。ビル丸ごと個人の所有物。下のフロアに行っても人の気配すらしないはずだ。  前世の記憶曰く、『斎藤涼』こと僕はとある資産家が一夜の過ちで作ってしまったいらない子であり、高校に上がると同時に厄介払いかのように金だけ与えられて実家と縁を切らされた。  それをコンプレックスに思っていた彼は、明るく逞しい主人公──新に出会って前を向き始め、そして死ぬ。  そう、死ぬのだ。明日、学校で、運悪く。よりによって新の目の前で。  ゲームの最初の山場と言っても良いそのシーンは、主人公に多大なトラウマを植え付けると同時にファン界隈でも嘆き悲しむ人々が多数続出したある意味伝説的シーンである。 「だからなんだ、って話だけど」  カチッと小気味良い音を立ててドライヤーの熱風が髪から水分をさらっていく。生ぬるいまどろみの中、さらに詳しい設定を思い出そうと思考を巡らした。  ゾンビが初めて発生する日、後にXdayと名付けられるそれは五月一日の午前零時。壁の時針が八を指しているので、今からちょうど四時間後のことだ。  発生源は不明。誰が何のためにどうやって。さらに主人公の帰結までの全てが曖昧に終わっている。   というのもこのゲーム、続編が出るという噂があったらしいが、記憶に全くないことを鑑みるに前世では未プレイもしくは続編自体出なかったのかも知れない。 「面倒だな。それにこの顔も」  無駄に整っている。人形じみていると言ってもいい。加えて碌に外にも出ないせいか生白い肌と、そもそも筋肉がつきにくいのか、男子高校生としては頼りなさげな身体。身長は平均よりも高いだろうが逆にそれが手折れそうな儚さを醸し出している。 「明日にでも死にそうな人間だな。……いや、死ぬんだったっけ」 “んーー……死んでしまおうか”  別に死んでも良いのではないか。痛い思いをしてまで生きる必要なんてあるのか。  分からない。思いつかない。    だってここに生きていたい理由など僕には無いのだから。そうだ。そうだな、死んでしま──スマホの通知音が大理石の壁に大きく反響した。  こんな時間に電話を掛けてくる相手、思い当たるのは一人しかいない。 「……どうしたの?」 「涼の家まだピザ残ってるか? 食いたい」 「あるけど、新にピザ頼んだって言ったっけ」 「いや? けど頼んでんだろ?」 「……君って意外と図太いよね」  電話の向こうで新の笑い声が響いた。これは今日泊まりに来るだろうな。  Xday。  始まりは刻一刻と迫っている
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