ゾンビ世界で一番最初に死ぬポジに転生した

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「喧嘩でもしてきたか?」  焼き立てのトーストにオレンジピールのジャムを贅沢に塗って相手に突き出すと、素直に食べ始める友人を暫し眺めてみる。  時刻は午前四時。大急ぎで帰宅した僕を待ち構えて居たのはリビングソファーで脚を組む新であった。  つまり、何が言いたいのか。 「もっと盛っとけば良かった」 「ああ。悪いがあの程度の量では効かないぞ?」  ニヒルな笑みを浮かべる新。どうやら人間の適正量を守る必要など無かったらしい。次はもうちょっと大胆に入れてみようか。  お気に入りのオレンジピールのジャムは新には苦く感じたみたいで、無意識に出来ている眉間の皺を指すと俺は甘党なんだと返された。 「お風呂入って来る」 「いってら」        洗面所のドアを閉め、返り血のついたTシャツを脱ぎ捨てる。そのままシャワーを浴びるとこびりついた匂いは幾分マシになった気がした。 「人生最後のドライヤー、ね。」  ゲームでは早くも明日から電気の供給が止まる。そう思うと感慨深い……わけでも無いな。  さっと櫛で髪をとかすと洗面所から続く長い廊下を抜け、リビングのドアを開けた。 「ミルクティーは気に入った?」 「美味いよ。涼が淹れただけはある」  確かに淹れ方もミルクも工夫はしたが、素は市販のスティックタイプだなんて口が裂けても言えない。 「まあ市販だけど」 「……俺は甘党なんだ」 「知ってる」  ミルクティーを飲み干して一息ついたらしい新はこちらに視線を向け何やら言いたそうにしている。 「何?」 「いや、あの涼がついに喧嘩デビューしたのが信じられなくてな。子の成長を見た親の気持ちってこういうことか?」 「なったことないから分からないかな」 「俺も無い」  「だろうね」 「……怪我はして無いんだな」 「ん」 「誰に喧嘩売られた? 俺が話し付けに行っても良いんだぞ?」 「んーん」    だってもう死んでるし、とは言えまい。  高校に入学して間もない頃。今よりもずっと華奢でモヤシだった僕とたまたま隣の席になった新。  当時、実家からの縁切りにショックを受けご飯もろくに取らず喋ることすら稀だった隣席の同級生を気にかけ、過保護に世話を焼いてくれた彼とうち解けるのにそう時間は掛からなかった。  いまだ新にはその時の“か弱い僕”の印象が色濃く残っているのだろう。過保護は健在だ。  コトン、とマグカップを置いてソファに座った新がこちらに身を乗り出した。 「じゃ、服まくって」 「嫌だけど」 「本当に怪我してないかちゃんと見ないとだろう。涼は大事なことに限って秘密主義なところがある」  当たってらあ。といっても本当に怪我してないんだけどと面倒くさくなってバンザイの状態でぼーっとする。見るなら勝手に見ておくれ。 「本当に怪我して無いな。俺の勘が何かあるって言ってるんだが……気のせいか」  勘が鋭くて結構。  確かめたいことも確かめて気は済んだだろう新にそろそろ学校が始まる時間だと告げる。 「制服に着替えたら? 送迎の車もう下で待機してるって」 「っと、そんな時間か。悪いけど今手持ちが無いから壊した扉と鍵代は後で返すぞ」  そう言って彼は持ち込んだ制服に着替えるため客室へと消えていった。……寝起きの一発で壊したのであろう扉の残骸を踏み付けながら。 「別に気にしなくて良いんだけど」  閉じ込めた犯人が僕なのは分かっているだろうに。つくづく律儀な男だと思う。  睡眠薬を盛られて監禁され。挙句返り血つけて帰って来た友人への反応として考えると、新って少し変なやつかもしれない。    出会った当初はこんなキラキラしい人間面倒くさいと思っていたが。かれこれ一年の付き合いになるほどには横に居るのが楽だった。 「待たせたな」 「ううん。れっつらご〜」 「ご〜?」 「新に歌のおにいさんは向いてないかも」 「そうか? 子供は好きだぞ?」 「じゃあその逞しい筋肉からどうにかしないと。手始めに僕に分けて」 「ふむ。……涼、一緒に鍛えたいなら素直に言ってくれれば良いのに。うちの山貸し切って強化合宿でもするか?」  やっぱコイツ、変な奴かもしれない。      黒塗りのワゴンに乗り込んでシートベルトを付けると、新は窓に頭をぶつけながら爆睡していた。ここに来てやっと睡眠薬が効いてきたのだろうか。  睡魔に抗いながらほぼ徹夜で僕を待っていたせいで薄っすら隈のある彼の様子に、着くまではそっとして置こうと窓の外を眺める。    この隙に今日の深夜の成果、僕の運命がかかっていると言っても過言では無いアレを確認しよう。  頭の中で、例のキーワードを唱えた。  『ステータス』
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