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友人
僕と新は二年になってからつるみ始めた友人達と購買のある一階へと向かっていた。
去年改修工事をしたばかりの廊下は綺麗に磨かれており、歩く度にキュッキュッと鳴る上履きの音が心地良い。
それから暫くして購買が常設されているピロティに辿り着いた頃、既にそこは人の波で溢れかえっていた。
「涼ちーん! 何パン食べる? 俺っちのオススメはメロンパン!」
「上原、甘いものを昼食にするのはあまりオススメしないよ。あと、重いからどいて」
僕の肩に腕を回し、テンション高めに聞いてくる彼──上原裕也はバスケ部期待のエースで、常に前髪をゴムで纏めたポンパドールにしている。本人曰く、視界良好で快適なんだと。
適度に着崩した制服から覗くバランスの取れた筋肉は部活へのストイックな努力の表れであり、ニカッと笑うと八重歯が見えるのがチャームポイント、らしい。
試合の度に黄色い歓声を浴びている上原に女生徒達がそんなことを叫んでいた記憶がある。正直バスケどころじゃない、と隣で応援していた新が眉を顰めて言っていたことには心の底から同意した。
「裕也、昼はしっかり食べないと。じゃなきゃ今日の放課後練でバテるよ。あと、涼君は嫌がってるみたいだからどいてあげよーな」
えー、とショボくれながらも上原が渋々従う声の主は、十田和人。同じくバスケ部で二年生ながら既に副キャプテンを務めている。
薄茶色の髪にパーマをかけており、垂れ目気味な目元からは一見優男然とした印象を受けるが、その実腹筋は綺麗に割れているし、スリーポイントを決める時の集中しきった十田は怖いと評判になっている。
上原裕也と十田和人。
この二人に新と僕を合わせて四人。校内で大体一緒に行動しているメンツだ。
とはいっても、二年で同じクラスになってからまだひと月程しか経っていないため、実際の付き合いは凄く短い。
一応、運動部に関しては助っ人要因で呼ばれることが多々あるからか、交友関係の広い新は一年の頃から二人とも顔見知りだったらしい。
それはまあさておき。重要なことが一つある。
上原と十田。
実はこの二人、今日死んでしまうのだ。
経緯は至って簡単。まず僕が不運にもゾンビに噛まれた後、それを見てしまった二人が普段の走力ならば十分逃げ切れるはずが動揺のせいで足がもつれ、ドミノ倒しになったところをゾンビになってしまった僕が襲い……と言った感じである。
なかなかの地獄絵図。
昨夜そのことを思い出して思わず笑ってしまった。疫病神にも程があるな、斉藤涼。我が事ながら面倒な立場に立ったものだとつくづく思う。
そりゃあ新もトラウマになるはずだ。目の前で友人が三人、動く屍と化したのだから。
購買の人混みの奥、来賓用玄関からダンッと強く扉を叩く音が聞こえてきた。
ああ、始まったのか。
「なんだ?」
「誰あれ。コスプレイヤー?」
「……なあ、竹センじゃね?」
「え、きしょ」
「つかもう一人誰よ」
「ねえちょっと、竹センの首抉れてんだけど」
にわかにざわつき始める生徒達。その間にも気味の悪いモノたちが扉を壊そうと言葉にならない呻き声を上げながら体当たりを始めた。
扉に走る、複数の亀裂。
繰り返される衝撃で壁と床はビリビリと震える。
意味がわからない状況に段々と恐怖を覚えたのか、生徒達は一歩、また一歩と後退り、ついには完全に玄関に背を向けて走り始めた。
ちょうど、僕達がいる方向、階段に向かって。
ここでゲーム通りだと、必死の形相で向かってくる生徒達との接触により僕は足を負傷し、歩くこともままならない状態で一人取り残される。
逆に流れのまま随分押し流された新たち三人は僕がいないことに気付いて戻ってくるのだ。そしてそのまま、新以外の全員が死ぬ羽目に。
それを回避するため、今とるべき行動。
最適解は──「上に逃げよう」
「涼?」
人混みのせいで逆に玄関で何が起きているのか全くわからず、立ちつくしていた新たち三人。
何故か突然向かってくる全速力の生徒達に頬を引き攣らせていた彼らの背を押し、階段の方へと誘導する。が、流石の運動部。鍛えてるだけあって僕の力では全員びくともしない。
そんな僕の不可解な行動にこちらを振り向いて事情を聞きたそうにしている新。苛立ち半分、なりふり構わず言葉を紡いだ。
「信じて。嫌な予感がするんだ」
「……分かった」
真意を推し量ろうとする目に真剣な眼差しで返すと、逡巡の末、頷いた新はいまだ混乱から抜け出せない上原と十田の腕を両手で鷲掴み、階段へと走っていく。
……さっきはビクともしなかったんだが。
逞しい友人の背中を追い、僕は迫り来る死の運命から逃げるよう階段を駆け上がった。
「ちょっ、あーちんも涼ちんも説明無し? なんで俺っち今走らされてんの?」
「新君も涼君もッ薄々勘づいてたけどッ結構ッ言葉足らずなところあるなッ?」
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