はだかのあたしと彼のキス

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 ビールが美味しい夏真っ盛りに、同期入社の親睦を深めるという名目で、飲み会が開かれた。幹事には彼の名前も連なっていて「松井さん、けっこうお酒強いんでしょ。一緒に呑んでみたかったんだよ」と言われてしまえば気乗りせずとも断りづらく、あたしは席の隅っこでひとりちびちびと呑んでいた。  彼はちっともひとところに留まらず、あくせく動き回っていた。だれかのジョッキが空になればビールを注ぎ、顔見知りには進んで話しかけ、飲み物や料理の追加を取りまとめて店員に伝えに行く。あたしは空いている隣の席を見た。念のため、お猪口は二つ頼んでおいたが、無駄になりそうだ。 「松井ちゃん、酔ってるぅ?」  彼ではなく、幹事のひとりの竹中くんがあたしに絡んできた。あたしは首を振った。 「すぐ赤くなる体質なだけで、そんなに酔ってません」 「そう。でも、長袖なの松井ちゃんだけだよ。暑くない? 冷房、もっと強くしてもらう?」  その日あたしは、ノースリーブのブラウスの上に薄手のカーディガンを羽織り、下は細身のパンツという万全の対策で臨んでいた。みな涼しげな服装の中で、たしかにあたしの格好は浮いてみえるのかもしれない。アルコールのおかげで血の巡りはよく、あたしは内心の火照りをまぎらすように酒を呷った。 「でもほんとにさ、松井ちゃんが来てくれるとは思わなかったよ。アイツはとんだたらし男だよ」  今の竹中くんの発言は完全に当てこすりで、あたしは聞き流すのに苦労した。彼も営業部のはずで、成績がもの言う世界だからいろんなやっかみがあるのだろう。こんなかたちで憂さ晴らしをしても、竹中くんの品位を(おとし)めるだけだというのに。  黙っていると竹中くんはくだを巻くのをやめ、しばらく言い淀んでから、ずいとあたしの前に何かを差し出した。 「松井ちゃん、今日の余興。これ引いて」  それは割り箸でつくった(くじ)だった。竹中くんが握っている下のほうに、色が塗ってあったり数字が書かれたりしているアレだろう。あたしは軽蔑の眼差しを向けた。 「いやいや、変なやつじゃないよ。俺とペアを組んで、余興を手伝ってくれる人がほしいの。そのための籤ね」  言い訳のように説明されて、真っ先に頭に浮かんだのは――何を手伝うのかという漠然とした不安。大勢の前に引っ立てられて、手品に巻き込まれるのか。その一環で、上着を脱げと言われたら。そうでなくても、注目を浴びるというのは怖いことだ。悪意なくだれかに「どうして長袖なの」と訊かれたら。  竹中くんの背後から覆い被さるようにして、べろんべろんに酔った男が顔をのぞかせた。にやにやとねちっこい笑みをあたしに向ける。 「悩むだけ損、損。だってこの籤、全部当たりらしいぜ」 「あっこら、ネタばらしすんなよ」  焦る竹中くんの態度が、あたしに追い討ちをかけた。竹中くんは、余興にかこつけて、あたしを嵌めるつもりだったのだ。  ビールのピッチャーを奪い、頭からぶっかけてやろうとした。  すんでのところで、彼はやってきた。あたしの手をつかんで引き止めて、落ち着かせるように肩をさすった。あたしの手は震えていた。  台無しにしてしまう前に、駆けつけてくれた。でもどうして、もっと早く、絡まれてすぐに助けに来てくれなかったのか。一緒に呑もうと誘ってきたのは彼のほうだったのに。そんなくだらない不満をぶちまけそうになって口をつぐむ。 「松井さん。行こう」  飲み会は途中にもかかわらず、彼に手を引かれて席を立った。視線があたしたちに集まってくる。どこからか、谷口と松井がイチ抜けかー? と野次が飛んだ。それに対して、彼はめずらしく、言ってろ、と語気を荒くした。それだけで救われた気分になって、あたしの視界が滲む。  あたしは彼をずっと待っていた。そう自覚した。
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