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「見ないで」
あたしはあたしのはだかが嫌いだ。服を脱ぐタイミングで、決まって躊躇する。彼に連れられホテルにチェックインして、こういう流れになることは厭ではない。むしろ望んでいた。それと、過去のトラウマはまた別物なのだ。
「どうして?」
彼が穏やかな声で訊ねる。怒っていないと思ったら安心して、でも打ち明けたあとの反応を見るのが怖くて、あたしは両手で顔を覆った。
「黒子が多いの。きっと、見たら幻滅する」
忘れもしない、小学校のプールの授業中だった。「ちょっといいな」と思っていた男の子が、声に出して、水着姿のあたしの黒子を数え出したのだ。ほくろがいーち、ほくろがにー、と歌うように調子をつけた声に別の男の子の声が重なって、大合唱が起こった。あの不協和音は今も、耳の底にこびりついている。
あたしに触ると黒子が感染る、と陰口を言われたこともあったけれど、いっそ何かの病気であればよかった。はだかになってみれば、昨日まで知らなかった位置の黒子に気がついた。日に日に黒子は増えていく気がする、ただそんな気がするだけでも、そう考えたら数えるのも怖かった。明日になったら、あたしの身体は黒子で埋め尽くされてしまうかも。あたしの黒子を食い破って、何かが出てくるのかも。とにかく人に見られたくなくて、半袖ではなく長袖、スカートよりもズボンを身につけることを、刑罰のようにおのれに科した。
人並みに恋をして、恋人ができても、あたしはなかなかそういうことに踏み切れなかった。たとえ打ち明けても、彼らは黒子を憎むあたしの気持ちも、そんなことを打ち明けなきゃいけないあたしの恥ずかしさも、何もわかってくれなかった。「黒子好きだよ。エロいじゃん。見せてよ」と食いぎみに言われたときにはどん引きした。泣きぼくろとか、口元とか、うなじとか、そういう場所にぽつんとあるからエロいのであって、あたしはそうじゃない。その彼は結局泣きぼくろが涼しげな美人と浮気した。二ヶ月ともたなかった。
黒子はあたしに呪いをかけたのだ。あたしを好きになれない呪い。
「打ち明けてくれてありがとう」
彼の反応は今までの恋人のだれともちがっていた。あたしの髪を梳いて、おでこに口づける。次に、肩。それから二の腕。手の甲。あたしははっとした。彼の唇は、あたしの黒子をたどっている。
「はじめに言っておくと、おれに黒子が好きとかそういう性癖はないし、黒子が多かろうが少なかろうが気にならない。これ、大真面目ね。……でも、松井さんは気にするだろうから、松井さんが自分のはだかを好きになれないぶんだけ、おれが松井さんのはだかを好きになるよ」
彼があたしの黒子に唇を寄せて、強く吸う。やめて感染るから、と押しのけようとするあたしを、やんわり首を振って宥めた。
「松井さんが、黒子が呪いだっていうんなら、おれがこうすることで、相殺できないかなって。魔法みたいなもんだよ。おれだけが松井さんにかけられる魔法」
「……あなただけ?」
「だって松井さん、おれのことが好きでしょう」
あたしはうなずいた。彼は満足そうに微笑んで、丹念に、時間をかけて、あたしの全身をくまなくさわった。ぜんぶに痕つけてたら、夜が明けちゃうよ。あたしが笑うと、彼の吐息が肌をくすぐって、彼も笑ったのがわかった。
空が白みはじめて、真っ赤なカーテンの隙間からひかりが差す。すやすやと眠る彼を起こさないように腕の中から抜け出して、あたしは鏡の前に立った。黒子ひとつにつき、もれなくひとつの赤い痕。あたしのはだかの黒子の数を、あたしよりほかのだれよりも、彼がいちばんよく知っている。そう考えたらおかしくて、涙が出た。
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