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2.デズモンドの見送り
市警の分署に務める刑事、デズモンドは容疑者への聴取に来ていた。相手は、この町を牛耳る犯罪組織の首領だ。先日、遂に逮捕まで漕ぎ着けたのだが、留置所で倒れているのが発見され、救急搬送された。老犯罪者の身体は、規則正しさとは無縁の生活、付き合いや箔を付けるための飲酒喫煙、その他諸々が負担となっており、ありとあらゆる病気の巣窟になっていたのだ。恐らく、このまま裁判に掛けることも難しいだろうと言う医師の見立ての元、デズモンドを始めとした分署の刑事たちは、この病室に通って聴取をしていた。本当はもっと大きな病院に移したいのだが……動かすのも負担になると言うので見張りを付けてここに置いている。彼の子分が連れ出しに来ると予想されているが、今のところその兆候はない。不気味な程静かだった。
デズモンドはいつも通りに受付を済ませると、スタッフステーション声を掛けてから五〇五号室に向かった。見張りの警察官がパイプ椅子に座っている。
「よう」
「どうも」
「変わりは?」
「ありません」
相手は首を横に振ると、急に困った様な表情になった。
「あの、申し訳ありません」
「どうした?」
何か謝るようなことがあったのだろうか。デズモンドがやや緊張気味に尋ねると、見張りは恥ずかしそうに、
「もうすぐ交替が来るのですが、あの、お手洗いに行きたくて……」
「ああ、そう言うことか。行ってきて構わないよ。自分は中にいるから、戻ったら声を掛けてもらって良いかい?」
「もちろんです。ありがとうございます」
警官はそそくさとトイレの方へ去って行った。デズモンドはそれを見送ると、病室のドアをノックして、すぐに入った。
「……よう、具合はどうだい?」
返事がないことなどわかりきっている。酸素マスクを付けて眠っている彼の目は閉じられており、医師によれば、もうずっと眠っているような状態らしい。時折目を覚ましては溜息を吐いてまた寝入るような、そんな日々を過ごしている。まるでお迎えを待っているかのようだと、医師は痛ましい顔で語った。
この町で起こるありとあらゆる犯罪。その半分に──彼に関係のないところで起こる犯罪だってたくさんある。人の営みとはそう言うものだから──関わっていた男も、最後は人の手ではなく病魔……人が生物であるが故の、自然の摂理に負けてしまうらしい。なんとも言えない末期ではないか。
(いや、言葉は要らないのかも知れない)
人もまた、枯れて落ちる葉のように死んでいく。そこに言葉はない。
小さな町に、強大な影響力を与えていた男の、あまりにもささやかなこのおわりに思いを馳せていたその時、病室のドアが開いた。ノックがないことに本能的な違和感を感じて、デズモンドは振り返る。
アーノルド・ジョーンズ。
今、ベッドで死にかけている男の右腕がそこに立っていた。
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