西島 寛太 Ⅶ

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西島 寛太 Ⅶ

『ジリジリジリジリー』  目覚まし時計の音が聞こえる。音の方に目をやると針は七時を指していた。僕は目覚まし時計を止めベッドで大きく伸びをし、雨戸を開ける為にそこから抜け出した。雨戸を開けると部屋に冷たい冬の空気と日差しが入り込みブルっと体が震える。そのきめの細かい空気感が僕の脳を覚醒してくれる。 ――さぁ、二回目の二十日だ。今日をうまく乗り気っていくぞ。  仕事へ行く支度を整え家を出る。商店街を抜けて高架の上にある駅へ向かう階段を登りながらふと思い立つ。――そういえば今のこの世界にはWB LIEは存在するのだろうか?  階段を登り切り街並みを眺めてWB LIEのある辺りに目を走らせる。やはりそこに事務所はなくがらんとした空き地があった。本当に突然姿を現した建物なんだなと実感した。  今まで深く考えて来なかったがあの不思議な事務所はどういった仕組みになっているのだろう。過去へ向わせるその能力など明らかに現実離れしている。 ――もしかして全部夢だったなんて事ないよな?夢ならどこから?  しかし深く考えても分かるわけもないと僕は考える事をやめて駅へと向かった。  会社に着くと滞りなく業務を行い昼休みとなった。この昼休みは、そうこの昼休みに病院から電話がかかってきて希美の死を伝えられたのだ。僕は大丈夫だと言い聞かせながらも、流石に緊張する。そんな状況だったからか食事もうまく喉も通らず途中でやめてしまった。緊張感の中時間ばかりが気になる。早く昼休みが終わって欲しい。そう願いつつ職場のデスクで読むとはなしに文庫本を手にしている、当然内容は入って来ていない。汗が滲み、昼休みに入ってからずっと表情が強張っている自覚はある。他人が見ればあの人はお腹が痛い事を必死で我慢しているのだろうか、そう思われそうな表情だったと思う。  昼休みが終わり近くになった頃不意に電話が鳴った。僕はハッとした。 ――ま、まさか!そんな事はないはずだ。  自分を落ち着かせるようにしながらスマートフォンをみる。そこにある文字をみてほっと胸を撫で下ろしたものの、その直後このタイミングで電話をしてきた事に少しムッとした。そして通話のボタンをタップすると里佳子さんの声が聞こえた。 「寛太君? お疲れー。調子はどう? なんか困った事でもある?」 「お疲れ様です。特に普通ですが……」  その間の抜けたトーンに更に苛立ちを覚えたのは確かだった。しかし、里佳子さんも悪気があってこのタイミングを選んだわけではないし、僕の事を気にかけてくれているからこそ電話をしてくれたのだ。そう理解しようとしてはいるが、やはり気持ちが少し出てしまったのだろう。 「なーに、その言い方ー! 明らかに機嫌悪くない? なんかあったの? それとも私が原因とか?」 「あっ、いえ。本当に特に何もないんです。本に集中していたもので。里佳子さんこそ何かあったんですか?」  僕は取り繕うように言い訳し話題を変えようとした。 「本当かな、君はウソをつくからなぁ……まあいいや。こっちも特に用があったわけじゃないんだ。君に問題がないならいいんだ。現在に戻るまで楽しんでね。じゃ」  そういうと電話が切れてしまった。――本当になんだったのだろう。しかしその電話のおかげもあって昼休みは終わり、少しほっとしたのも事実だった。その後終業時間を迎えるまで特に何事もなく時間が過ぎていった。  職場から一度自宅へ戻りクリスマスツリーを抱えながら病院へ向かった。平日は仕事帰りに病院へよる為あまり時間がない。僕は希美の病室まで急いで向かう。病室に入ると希美が僕の持ち物を見て目を丸くしていた。 「えっ、どうしたのそれ? 結構大きいけど何?」 「へへへ、なんだと思う? きっと希美喜ぶよ! どうぞー!」  そう言ってツリーの箱を勢いよく開けた。段ボール箱からは折り畳まれたツリーの葉っぱ部分が顔を出してきた。それを見て希美は一瞬眉根を寄せ顔を突き出したが、すぐにそれが何であるかに気付き両手で口元を隠すような形で驚きを表現している。 「あー、クリスマスツリーじゃない? わぁすごい! なかなかの大きさじゃない? うわー」 「そう! クリスマスツリーだよ! こういうの飾って見たかったんだよね。この病室も一気にクリスマスっぽくなりそうじゃない?」 「いいね! いいね! 早く組み立てよう!」  希美は急かすように手をバタバタさせてベッドを叩いている。とても喜んでくれているようで僕も嬉しかった。  ツリーの組み立てはさほど難しくはなく、難なく組み立て終える事が出来た。 「次はデコレーションだね! これはバランス感覚が大切だから私がやるね!」 「なんだよそれー、僕じゃ頼りないっていうのか?」 「だって寛太はあまり美的センスが……、じゃ一緒に飾りつけよっか」  二人してわちゃわちゃしながらデコレーションボールやサンタの人形などをツリーに飾り付けていく。途中僕が配置したデコレーションをさりげなく希美に変更されたりもしたがそれには気づかないフリをしてあげた。 「クリスマスツリーなんて飾るの久々だなぁ。寛太は飾った事ある?」 「子供の頃だね。親が用意するのに飾りつけするだけって感じかな。でももう中学に通う頃からは飾った記憶はないなぁ……希美は?」 「私は大学の頃までかな……両親が亡くなってからは用意してないなぁ。クリスマスツリーって飾り付けること自体がイベントじゃない?だから一人になるとなかなかね……」  希美は過去を振り返るように遠い目をしていた。両親が亡くなる前に一緒に飾りつけをした時の事をを思いだしているのだろうか? 「寛太はさぁ、クリスマスツリーを飾り付けるって誰かと一緒にいると結構やっちゃうのに自分一人だけだとなかなかやらないのってなんでだと思う?」 「自分一人じゃ飾り付けてても楽しくないとか、飾り付けても誰も見てくれないからかなぁ」 「そう! 自分でひっそり飾り付けてクリスマスが終わってひっそり片づけるってつまらないんだよね。クリスマスツリーを飾り付けるっていう時間を誰かと共有した時にそれが楽しいって事になると思うんだ。誰かと何かを共有するってすごく大切な事なんだ……だから私は今がとても大切で、楽しいんだ」 「たしかに! 誰かと時間を共有するって楽しさにつながっているんだね。僕も家で一人部屋にいるよりもこのこじんまりとした病室にいる方が楽しいよ。僕の部屋の方が色々と充実しているけど、こっちの方が楽しいよ」 「充実していないこじんまりした部屋ですみませんねー、全く……」  そう言いながらも希美は照れたように笑っていた。僕はウソを無くしに来て本当に良かったと思った。少しでも長く希美と時間を共有する事が出来たからだ。 ――人を思う気持ちは本気であればあるほど相手に伝わる。迷いのある言葉は脆く、ウソにもなりえる。あの時、本心を話して良かった。  その日はクリスマスツリーを完成させて病室を後にした。病院からの帰り道どこまでも深く黒く塗りたくられた空を見上げながら、今日は二十日……過去にいる事が出来るのは二十二日の十四時半頃までだ。今年のクリスマス前には現在に戻ってしまうので希美と今の僕はクリスマスを過ごす事が出来ないのだなと思った。でも希美の自死は逃れる事が出来たのだから現在に戻ればまた会う事が出来る、それで良しとしよう……。  
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