黒川 美鈴 Ⅱ

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五時限目は社会の授業だった。社会の先生は私達のクラス担任で五十代後半くらいの男性だった。口をあまり開かずボソボソと喋るのが特徴だった。学生時代というのは身体的な特徴で先生の渾名をつけがちで、その社会の先生は頭の毛が薄くなり、頭頂部は光を放ちそうな程光沢を携えていた。それに唇が厚く俗に言うたらこ唇で、下唇がやや出っ張っていた。その口でボソボソ喋るものだから『アンコウ』という渾名を付けられていた。チョウチンアンコウからきているものだった。  昼食後の五時限目でただでさえ目蓋が重くなってくるのに、アンコウのボソボソしている喋り方が眠気に拍車をかけてくる。うつらうつらしていると後ろの席の綾ちゃんが私の背中を突いてきた。そこで私はハッとなり微睡から引き戻される。  綾ちゃんは私の体の横へ手を伸ばし白い一枚の紙を渡してきた。私はそれを先生や周囲に気付かれない様に素早く受け取り、机に教科書を立てながらその紙を開く。  そこには先生の顔をしたチョウチンアンコウが困り顔をしている絵が書かれていた。私はその絵の横に吹き出しをつけ『頭の光が眩しくて眠れないよ……』と台詞を書いた。私はニッとしながら頷いた。――うん、いい出来だな。    その紙を後ろの綾ちゃんに返すと、後ろで控えめに笑う気配を感じて嬉しくなる。これは私達がよくやっている遊びで、授業中の退屈さを紛らわせる為だった。  綾ちゃんが何かの絵を描いて――主にその時の授業の先生が多かった――私がそれに面白おかしい台詞を付けるといったもので私達には定番の遊びだった。  綾ちゃんは続いて第二弾となる紙を私に渡す為に私の背中を突いてきた。私は先程と同様に紙を受け取ろうとしたが、周囲に気遣いながらの為か今回は受け取り損ねてしまった。――あっ、いけない!  私は焦りながらも紙がひらひらと空を舞い落ちていく先を見つめていた。紙は私の焦りとは無関係に流れていき、斜め前の男子の椅子の脇に落ちてしまった。男子は気付いていないのでその紙を取りに行く事も考えけれども注目されてしまう事を怖れた私はそうする事も出来ずにいた。  
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