西島 寛太 Ⅵ

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西島 寛太 Ⅵ

僕らは二人して泣いてしまいしばらく沈黙が流れたが、どちらともなく笑い出した。大笑いではなく照れ臭さを隠す笑いだ。その笑い顔によって二人の間に張り詰めていた空気が弛緩した。  その後僕らは何気ない会話を始め出していた。いつしか会話はクリスマスについての話題となった。 「そういえば希美はクリスマスプレゼント何か欲しい物はあるの?」 「んー、そうだなぁ……この体じゃ外へ出て行くのは難しそうだからなぁ。」  ――んっ?  僕はそのセリフに微妙な変化を感じた。一回目の今日、希美はクリスマスプレゼントにはコートが欲しいと言っていた。それは前向きさの演出として言っていたものだ。しかし、今回は外に出る事は難しいと本心を打ち明けている。そんな風に考えている気がした。 ――変わっているんだ!ウソをなくした事で微妙に希美の心境に変化が出ているんだ!  僕は変化を実感した。一回目の取り繕うようなお互いの会話ではなく本心で向き合う事が出来るのだ。 「あっ! そうだ! 寛太とペアで身に付けられる物がいいなぁ」 「それいいね! ペアの物かぁ……何かいいものがないか考えておくね!」 「ふふふ、期待しているよ!」 「あんまりハードル上げないでよね……」  二人で笑い合った。そして笑いの余韻を残しつつ会話が途切れ、それをきっかけに僕は病室を出る準備をした。 「じゃ行くね……また明日来るよ」 「……うん。また明日ね」  僕らは別れの挨拶を交わした。直後ふいに不安が過ぎる。――これが最後になるわけじゃないよな。過去からの変化は感じられたんだ。大丈夫だ……。僕は不安を打ち消すように自分に言い聞かせた。  病室をでて受付に向かう途中あの医師とすれ違った。お互い軽く会釈し通り過ぎた時、僕は振り返り医師を呼び止めた。 「あっ、あの……」 「ん、あぁ藤間さんの。何でしょう?」 「えっと、一つ確認したいんですが、希美の病室にクリスマスツリーを飾っても平気ですか? もうすぐクリスマスですし少しでも希美の気持ちを明るくさせたいなと思いまして……」 「クリスマスツリーですか? んー、いいんじゃないでしょうか! この所藤間さんも深刻な問題もなさそうですし。そういった喜びは活力にもなりますしね」  医師にそう言われると再びお互い会釈して別れた。そして病院をでて僕は近くのショッピングモールへ向かった。  そこで思い立ちスマートフォンを取り出し、病院へ行く前にかかって来た電話番号を呼び起こした。WB LIE だ。短いコール音の後里佳子さんが電話に出てくれた。 「もしもし? 里佳子さんですか?」 「お疲れ様。どうかした? ウソはなかった事に出来たのかな?」 「えぇ、うまくいったんだと思います」  僕はウソをつかなかった事による希美の変化を話した。里佳子さんは嬉しそうに良かったねと言ってくれた。 「ちなみにそちらってなんか変化が出てます? 例えば僕の身に付けているものが変わっていたり、希美が生きていたり」 「あのねぇ……私希美さんの事知らないんだから分かるわけないでしょ? それにそもそも現在に変化が現れるのはウソが定着する七十五時間後なんだよね」 「あ、そういう事なんですね。七十五時間後に一気に変わるイメージかぁ」  僕はフライング的に結果を知ろうとしたがそれは叶わなかった。そんなにうまい話はないんだろう。 「うまく行くと思います?」 「それは分からないわ……でもね寛太君。もちろんいい結果になるにこした事はないわ……でもそれが全てじゃない。いかに君が後悔しないように行動出来るか……それが重要だと思うの私。後悔のない行動や気持ち、それが全てを受け入れる土壌を作るの」  僕は里佳子さんの言葉に黙って耳を傾ける。 「それが一番大切だよ。だから君は結果を気にしてああじゃないこうじゃない悩むより、自分に正直に一瞬一瞬を楽しむ事に専念しなさい……過去に戻っていられる時間を無駄にしないでね」  なるほど、確かにそうだ。過去にいる時間は短いのだ。そこで無駄に気にし過ぎて後悔を作っては意味がない。結果がどうあろうと今この瞬間を納得しながら過ごしていく方がよっぽど重要だ。今の積み上げが現在を作るのだから……。  ショッピングモールに着いて僕はお目当てのクリスマスツリーを探した。ショッピングモール内はもうクリスマス一色だ。定番のクリスマスソングが館内を流れ赤や緑、ゴールドやシルバーなど定番のクリスマスカラーで彩られている。そして行き交う人の中にはカップルや親子連れが多く一様に楽しそうな表情を浮かべている。過去の自分はあんなにも空虚なクリスマスだったが今は違い、おそらく周りの人が僕を見れば他のみんなと同じような表情をしているに違いない。先程の里佳子さんに言われた『自分に正直に一瞬一瞬を楽しむ』、その言葉が僕の頭に優しく残っている。  ツリーを発見した。本来は180cmくらい大きなツリーが欲しかったがあのこじんまりとした病室には置く事は難しいだろうと思い、少しサイズダウンして120cmのものにした。飾り付けの赤とゴールドのデコレーションボールやサンタの飾りなども一緒に買い込んだ。  会計を終え店外へ出ようとする僕の目は商品棚にある大きな靴下に止まった。それはクリスマスにサンタがこっそり部屋に忍び込んでプレゼントを入れるというあの靴下だ。ちょっと大きめの靴下は赤と緑のボーダー柄で壁に引っ掛ける事が出来るものだ。  二十四日には今の僕は現在に戻っていて、プレゼントを渡すのは過去の僕になってしまう。――そうだ、この靴下に事前にプレゼントを入れておいて希美にわくわくしてもらおう!  我ながら名案だと思った。プレゼントはもう少し吟味するとして今日は家に帰る事とした。ツリーは120cmとはいえそれなりの大荷物となりながらも僕は家路ついた。家に着くと誰もいなかった部屋はひんやりとした空気を携えており、部屋の中に入ったいるにも関わらず吐く息は白く、寒さを一段と感じた。  今日は現在から過去に来て希美にまた会う事が出来た。そして、ウソの回収を行うなど流石に疲れが出て来ているようだ。体は重く微睡かけている。一回目の二十日――明日は希美が自らの命を絶った。今回はそんな事は起こらない。そう言い聞かせながらいつしか眠りについていた……。    
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