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47年ぶりの我が家は、埃っぽく、カビ臭く、汚くて、虫だらけだった。
家の中に入り、深呼吸する。
「この最低な住居環境……やっと帰ってきた」
窓を開けて、大蜘蛛の隊列を見送って、地平線に沈む夕日を眺める。
「多少不自由だけど、動けるうちにやらないとなあ」
時間が経ちすぎて粉に変わりつつある郵便物を整理しながら、少年(にしか見えないその男)は呟く。
「後継者探し」
次の日、彼は魔法具店のドアを叩いた。
「ちょっとちょっと、君! 今何時だと思ってるの」
「朝の5時」
「まだ4時40分よ! 初めての杖ならイオンで買って! 9時から開くから。それに、その魔点滴は何? もしかして、病院から出てきた?」
少年の左手首から透明な管が伸び、頭上の透明な袋に繋がっている。点滴を支えるものはなく、それが魔法によって作られたのを表している。それも、かなりの高等魔法で。
「店主の、ええと、誰だったかなあ、グエントラ……いや、グエンライオン……違うな、グエンサイ……だめだ思い出せない。グエンなんとかさんは元気してる? 代替わりしたんだね」
「……おじいちゃんはグエンパンダだけど……。本当におじいちゃんの知り合い? 知り合いじゃなかったら病院に突き出すから! おじいちゃーん! ねぇー!」
女性は慌ただしく店の奥に行った。
「昨日退院してきたばっかなんだけどなあ」
「おじいちゃん! 今、なんか知り合い? が来てるって!」
女性のおじいさんは耳が遠いようだ。
「だから! 知り合い! じじいの!!」
女性は口が悪いようだ。
「名前ぇー!? ねえあんた名前は!?」
「あらんことよ」
「はあ!?」
「アランで通じると思うよ」
「アランだって! 知ってる? 子供なんだけど!」
「アランだって!?」
急に老人がダッシュで現れた。ちょっと面白い光景だ。
「おお、その顔見たら完全に思い出した。老けたな、客寄せパンダ」
「馬乗り下手くそアランじゃないか!」
「ちょっとちょっと、知り合いなの?」
「知り合いも何も……歴史の授業でどうやって第三次魔法大戦が終わったか習ったか?」
「西の大魔法使いアラン・コトヨが無茶してねじ込む形で終わらせたんでしょ?」
「若い子は軽いね。そういうサクサク具合大好き」
「えっちょっと待って本人!?」
「うん」
「呪いを受けてかなりの重傷だったんじゃ」
「え、いいよ急に老人喋りしなくて」
「え……分かりづらいじゃろう?」
「何が? 普通に喋って」
「…………敵軍大将との死闘の末、大将は死亡、アランは命に関わる重傷を負いつつ勝利し、第三次魔法大戦は幕を閉じた。五つの国が滅び、二つの海が消し飛んだあの戦いから……何年経った?」
「47年。受けた呪いを軽減化して退院できるまで47年かかった。あの大将は大したものだよ」
「呪いは解けないのか」
「弱めることが精一杯だと、医者にも言われたよ」
「……お前ほどの大魔法使いが……」
「しんみりムードはやめてね。そういう気持ちでいる時間を少しでも減らしたいんだ、これからは」
「強いな。故にお前は大魔法使いなんだな」
「あはは。そういうの大好きだからもっと言って(はぁと)」
「それで、その”これから”は何をするんだ? 国の相談役でも引き受けるのか?」
「まさか。もっと頭のいい若い子がいっぱいいる。ジジイの仕事は思い出づくりと後継者探し」
「……それがいい」
「昔みたいに茶化してくると思ったけど、あの客寄せパンダにすら孫がいるんだもんね。人は変わるね」
「変わる。というか、変わらざるを得なかった」
「つらかった?」
「それはもう。でも良いことも同じぐらいだったから、この歳になって後悔はないな」
「良かった。パンダはろくな大人にならないと思ってたから、安心した。口が悪い孫もいるし」
口が悪い孫は「眠い」と言って既に奥に引き払っている。
「褒めてんのかけなしてんのかどっちなんだ」
「どっちも。それで、時間が限られているから今日中に後継者見つけて思い出ツアーに出発したい」
「ずいぶん生き急いでいるな」
「大魔法使い故の、あまり当たってほしくない予感が当たりそうなもんで」
「……特別に会員価格で全品10%オフで売ってやるよ」
「え、ここは気前のいい店主の奢りでは?」
「うちも商売なんだよ」
「お前からそのセリフ聞けただけで47年間のお釣りくるわ」
魔法具店で旅の支度を終えたアランは、その足で孤児院に向かった。
「身寄りが確実に死別してて、絶対に親戚がいない子供、うーん、まあ何人かはいますが……」
「魔法のセンスは気にしてない。ぶっちゃけその子が使えなくても、伝えられる人さえいたらいいんだ。ヤンチャでもいい。クソガキでもいい。魔法で黙らすから」
「西の大魔法使い様らしからぬ発言は聞かなかったことに致しますが……、うーん、とりあえず園内で見学をどうぞ」
「マリネ、綺麗になったね」
「それは私の母です。私はパッチョですので」
「それは失礼。あなたもお母様に似て綺麗ですね」
「母と私に血縁関係はありませんが、ありがとうございます」
「あっすんません」
ここで謝ったのは逆に失礼だったか……? とアランは時々思い出して考えるのだが、余談なので割愛する。
庭を走り回る青い目、金髪の子供。レモネード、10歳。
砂場でおもちゃを奪われて泣く、茶髪でそばかすのある子供。セサミ、7歳。
乱暴におもちゃを奪った、坊主頭で日に焼けた子供。タワシ、6歳。
よちよち歩きの赤ん坊たち。アヒル、1歳。ダック、1歳。グース、1歳。
部屋の中で静かに本を読む、眼鏡をかけた子供。ティア、10歳。
アランの魔点滴にイタズラしようとした、肌の黒い子供。スタア、9歳。
落ち込み屋で、ずっと布団を被って寝ていた子供。シャイン、9歳。
などなど、総勢40名。
「迷うなあ」
「完全に身寄りがいないのはレモネード、セサミ、タワシ、赤ん坊たち、ティア、スタア、シャインだけです」
「迷うなあ〜」
「良かったら、1日を彼らと過ごしてみては?」
「泊まれるんですか?」
「一泊1万8千イェーです」
「え、お金取るんですか」
「うちも商売ですので」
「不況だなあ」
アランは1万8千イェーを払い、孤児院に一泊することにした。
子供は様々だった。
媚を売る者、見知らぬ人物に泣き喚く者、自慢話をしたがる者、いつも通りの者、大戦のことを聞きたがる者、寝る直前まで元気すぎる者、目は合うが話そうとしない者。
寝ぼけた子供に蹴られつつ、ぼんやりと天井を見ていた。
「誰でも伝えてくれそうで、誰でも伝えてくれなさそうだ……」
仕事は適当にやっていたが、プライベート、それも後継者探しとなるとさすがのアランも真剣になる。
「ん……?」
煙の匂い。ただの煙ではない。魔法煙の匂いだ。魔力が弱い者——例えば子供などは気づけない。
どんどん強くなっていく。
慌てて起き上がり、庭に出た。裏口から火の手が上がっている。黒い炎で見づらい。
「これは村を焼く時によく使われる魔法じゃんね。やばいな」
パッチョ院長を叩き起こし、子供たちを避難させる。パニックにならないように精神魔法を少しだけかけた。後遺症が残らない程度。多分。ま、2、3日静かになるぐらい。いいでしょ、ここの子達元気すぎるから。
黒い炎は裏口付近を少し焼いた程度だった。
「鎮火した?」
「そのようです」
魔法で火の手を消し止めたが、完全に鎮火した手応えがなかった。だけど、黒い炎はそこにはなかった。
「見づらいから、僕がもう一度詳しく見ます」
裏口の戸から火が出たようだ。事故とは考えにくく、放火の可能性が高い。それに、村焼きでよく使われる黒い炎ときた。確実に孤児院に何かしらの感情を持つ者が放ったとしか考えられない。
「……黒い炎は起こした者の命を削る禁忌魔法の一つ。それなりの魔法使いでも発動をためらうぐらいなのに」
職員が慌ててこちらへ駆けて来た。
「また火の手が上がりましたか?」
「いいえ、火事じゃなくて、多いんです」
「多い?」
「一人、多いんです」
孤児院の子供は全部で40名。だが、この場に41名いる。
駆けつけた時には、その一人が捉えられ、杖を向けられていた。
魔法中学校を終えたぐらいの、まだ幼さが顔に残る少年だった。服や靴のサイズが合っていない。盗品だろうか。
「こんなものを……!」
少年のリュックから、手乗りサイズの檻が出てきた。その中に、黒い炎が燃え盛っている。
「名簿を調べましたが、あなたはこの孤児院出身ではない。まだ子供なのでしょう? 玄関からあいさつをしてくれれば、私たちは喜んであなたを迎え入れましたよ」
「事故だったんだ。裏口から入ろうとしたことはごめんなさい。よじ登っていた時に足を滑らせて下に落ちて、リュックの蓋を閉め忘れていた。檻が壊れて、ちょっとだけ黒い炎が逃げちゃったんだ」
「孤児院に何の恨みがあるのです!?」
「ごめんなさい、本当に。ごめんなさい。まさか孤児院ともわかってなくて」
「警察を呼んで」
「パッチョ院長、呼ばなくていいです。この子は僕が署に連れていく」
「ごめんなさい、すみません、事故だったんです」
少年は地面に自分の頭を擦り付けるぐらい下げている。
「……ですが、この子は放火魔ですよ」
「黒い炎は禁忌魔法で、警察を待っている間にまた使われたらひとたまりもない。僕が責任持って連れて行った方が色々と都合がいい」
「…………」
院長は絶句したのち、辛うじて頷いた。
「では、そういうことで」
アランは荷物をまとめると、少年を連れて孤児院を出て行った。無論、もうここに戻るつもりはなかった。
後継者候補を見つけたのだから。
「飲んで」
焚き火で温めたトマトスープを手渡した。夜空には流星が流れ、平野には草が風に揺らされる音だけがしていた。
「……警察署はここからどのぐらいですか」
「歩いて1時間足らずかな。それより、あの黒い炎はどこで手に入れた? 君は15歳ぐらいでしょ? 黒い炎を出そうとすればあっという間に瀕死だろ」
「……15歳です。そういうあなたも俺と変わらないぐらいですよね?」
「見た目はね。どこで手に入れた?」
「俺は、魔法が上手じゃなくて」
関係のない話はよせ、と言いかけて我慢した。大人なので。
「俺の魔法が上手で、もっと水魔法を練習しておけば、村を焼かれることはなかったのかなって」
「なるほど、君は被害者だ。故郷の村を焼かれたんだな。何者かに」
「……それで、唯一得意なのが檻作りの魔法で」
少年は杖も使わずに、ただ手で風を撫でるようにするだけで、平野に咲く一輪の花を檻で囲んだ。
「その年で詠唱も杖も使わずに魔法を出せるのか」
「これだけ。それ以外は小学1年生の方がずっとちゃんとできます」
「妹か弟がいたんだな。それぐらいの」
「…………」
少年は黙った。アランもこれを言ったら黙るだろうと思ってたので驚かなかった。
「黒い炎を留めて置ける檻を、僕は今まで見たことがない。君は檻作りなら右に出るものはいない。ただ大魔法使いらしい助言をするならば、黒い炎を留めて置いたところで犯人探しにはあまり結びつかない」
「えっ!?」
「村の地面に紋章が残されているかどうかが鍵。その紋章で特定できる。炎の燃え方も人によって少しずつ異なるから、全く結びつかないわけではないけども」
「……そう、ですか。大魔法使いって、もしかしてトモニ・アレ?」
「それは東の大魔法使い。僕は西」
「アラン・ドロン!?」
「アラン・コトヨ。そんな二枚目じゃない」
「……でも良かった、最後に西の大魔法使いにトマトスープをもらえて」
「いや、これから毎日飲んでもらうし、何なら君に作ってもらうよ」
「え?」
「大魔法使いの後継者として、精々精進してね」
「ええっ、絶対無理」
「じゃあ警察署だ」
「うわー汚ねえ! これが大人のやることか!」
「スマートでしょ?」
「ダーティーでしかない!」
「お、君、外国語イケそうだね」
「いや本当に勘弁して——」
ぱつん。
浮遊する魔点滴から、液体が漏れ出す。
しまった、さっきの火の粉が飛んでいたか。液剤はあるけど、やばい、早く準備を。
心臓が、脳が、熱を帯びて震え出したのがわかった。
魔点滴の袋に亀裂が走る。やばいやばいやばい、間に合わない。荷物をまさぐるが、予備点滴は奥の方だ。
どうしよう平野だけど、だめだ、まだ町に近い。こんなところでやってはいけない。
身体中の血管が沸騰していく。せめて、少年だけでも逃そう。逃げれるかわからないけど。
「すまん、逃げて」
少年は両手で空中を撫でた。
魔点滴の袋が破裂したと同時に、液剤が檻に囲まれ、否、覆われた。
「管の分まで微調整するんで、動かないで」
呼吸が、心臓が、血管が、落ち着いていくのがわかった。
「ありがとう、助かった、とても。檻は便利だ。……僕に必要だ。君の魔法が。君も」
「断ったら?」
「警察署。ただもう行くあてがないんだろう? あてが見つかるまででいいから、一緒に来てくれないか」
「大魔法使いの後継者なんて荷が重すぎる」
「別に使えなくていい。伝えてくれる人が必要なだけ。来てくれる?」
「俺は村の敵打ちをしたいだけだ」
「じゃあそれに僕が協力する。だから君も僕に協力してほしい」
「…………本当に?」
「うん。名前は?」
「イカ・ナルトキ。ナルトキでいい」
「イカ、よろしく」
「ナルトキでいい」
「よし、朝日が見えてきた。準備をして出発しよう、イカ」
「ナルトキがいい。ナルトキでお願いします」
「長い。覚えづらい。イカがいい。キャッチーだし」
「嫌だ!」
第三次魔法大戦で活躍し痛手を負い、後継者が欲しい西の大魔法使いアラン・コトヨ。
村を焼かれ敵打ちをしたいが檻作りの魔法しか使えないイカ・ナルトキ。
二人の冒険はまさに、夜が明けたばかり。
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