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妖神 其の一
【猫股】
バスの車内に轟いた。
乗客の一人である倉本恵理は、突然の発砲音に堪らず耳を塞ぎ目も閉じた。それでも恐怖に怯える人達の気配が、痛いほど分かった。
耳を塞いでいた手の力を水が滴下するように徐々に緩めると共に、恵理が光を求め恐る恐る目を開けると、バスの通路に立った少女が見えた。白いバンダナで頭を覆った少女だ。
少女は胸を押さえて、その手を見た。白い手が赤く染め上げられていた。
血だ。
「あれ?」
自身の危機に場違いな口調で言って、少女はピンク色のワンピースが血に汚れていくのに困った顔をした。
血が少女の口から、咳と共にこぼれる。
肺や気管などの、呼吸器系がやられた証拠だ。
突然のことに少女は困った。
「やだ。汚れちゃっ……」
服の血を拭おうと、ハンカチを探す仕草をする。オロオロと手を動かした。恵理は自分のハンカチを貸してあげたいと思うほど、少女が可愛そうと思ったが、何もできなかった。
怖くて。
すると何の前ぶれもなく、少女は床に崩れた。関節という関節全てに力が入っておらず、正に糸が切れたマリオネットの崩れ方は、少女の身体から魂が抜けたようであった。うつ伏せに倒れた少女と床の間から、鮮やかな血が満潮のように這い出す。
恵理は、震える声を押し殺すように口を両手で覆った。
「!……」
少女は床に伏したまま、血を塊にして吐き出す。バスの車内に吐き気をもよおす血臭が広がる。恵理は鉄の無機質な臭いでありながら、暖かい生臭さに嫌悪感に襲われた。
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