六 小さき参拝者

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六 小さき参拝者

「源様。お粥ができました」 「……ん?なんだこれは。花か」 「はい。食べられるんですよ」 二人の朝食。山の薬草畑。そこから採ってきた食用の菊。酢の物にした料理。源之丞は寄り目にしながら食べた。 「うまい!花って食えるのか?」 「ふふ。この花は特別です。さあ。お粥もどうぞ」 今朝は源之丞が採ってきた小魚が入った鍋。囲炉裏端、味噌で仕立てた文子。狐面を外し食べる源之丞を心配そうに見ていた。 「どうですか」 「……お代わり」 「もう?」 食べるのに夢中な源之丞。文子を見ずにガツガツ食べた。そして食後。彼女が出したお茶を飲んでいた。 「おかしい、これはおかしい」 「どうしたんですか」 欠けた湯呑みを見ながら。彼はぽつと言い出した。 「……なぜお前が作ると美味いのだ?お前は何か入れているのか?」 最高の褒め言葉。しかし。彼は大変気にしている様子。文子はちょっと考えた。 「何も入れていませんよ。一緒に食べるから美味しいのではないですか」 「一緒……」 それにしても不思議顔。こんな源之丞であったが、お茶を飲んだ。今朝も文子はやることがいっぱい。そんな文子は朝食時にお昼の握り飯を作った。笹の葉にくるんだ握り飯。漬物も入った包み。源之丞の横に置いた。 「はい。これです。昨日のように早くに食べてはなりませんよ」 「二個か?三個か?」 「大きいのが二個です」 「……大きいのが三個が良いのに」 不服そうな源之丞。文子もそうだと思った。 ……あんなに森の中を動いているんですもの。お腹も空くわね。 そんな思いも知らず彼はスッと立ち上った。そして狐面を付けた。 「行ってくる」 「はい。あ?そうだわ。源様。お砂糖を使っていいですか」 「良い。好きにいたせ」 彼はそう言って今朝も出かけていった。 「さあ!始めましょう」 文子も早速支度に取り掛かった。 大森神社の保存庫。ここには清吉が村人と物々交換してくれた食べ物があった。野菜と肉は源之丞が自分で採るが、米はもらっている状態。 源之丞の動きから見て、もっと米が欲しいところであった。居候の文子。清吉に任されてこの在庫を見て、自分は米を口にせず、芋や豆を食べていた。 ……もっと、お腹いっぱい食べさせてあげたいわ。 ここで文子は、森で収穫した李をジャムにしようとしていた。他にも杏子(あんず)を乾燥させた菓子や、梅干しの梅など。多くを加工していた。 医者の娘の文子。実家にいた時から家事をこなしていた。祖母の教えで果実を貯蔵する術。食べ物を大切にする思いで、源之丞が収穫してくる食べ物を加工していた。 これを清吉に物々交換して貰えば。もっと源之丞に米を食べさせてやれるのではないかと考えた文子。早速、ジャムを作っていた。 ……美味しい。でも色が綺麗にでないわ。 実家ではレモンを使って鮮やかな色にする。しかし、ここは山の中。そんな西洋の果実はない。ジャムを冷ましている間、文子は庭に出て何気に神社の木々を眺めていた。 ……あれは。酢橘(すだち)かしら?青いけど。 届く箇所の果実。取ってみた。レモンの代わりに絞ってみようと文子は台所に帰ろうとした。 「うわあ!?人がいる?」 「きゃあああ」 大森神社の境内。井戸のそば。そこには少年が立っていた。文子を見てびっくり。文子もびっくりしていた。 「お前は誰だ!ここは、あいつしかいないはずだ」 「私は、その、居候で」 「居候?」 うす汚れた着物の少年。手には竹製の水入れを持っていた。井戸のそばにいた少年。文子は水を汲みにきたのかと思った。 「水汲み?」 「……う、うるさい!」 彼はそう言って走って帰っていった。水を汲まずに去った少年。文子はその背を境内の上から見ていた。 その日の夜。少年のことを文子は源之丞に話した。素顔の彼は焼き魚をむしゃむしゃ食べながら話した。 「そいつは我が神社の水を汲みにきたのであろう。あの水は病を治すとされておるのでな」 「では。あの子の家族で、具合の悪い人がいるんでしょうか」 「さあな。俺には関係のないことだ。おい、お代わり!」 「はい。どうぞ」 文子の料理がうまい源之丞。今日も野良仕事に精をだし、腹が空いていた。しかし、なぜか文子はあまり食べていない様子だった。 「おい。なぜ食わぬ」 「食べてますよ」 「……先ほどから、汁ばかり。腹が減っておらぬのか」 この神社にあるのは源之丞の米。文子の分まではない。彼女は彼に心配かけたくなかった。 「味見をしたので。そんなに減ってないんです。さあ。源様はどうぞ」 「お。おお」 白い米に目を光らせる源之丞。文子はそれで十分だった。 翌朝。源之丞を送り出した文子。ジャムを完成させた。しかし悩みがあった。 「容器がないわ。ガラス瓶がいいのだけど」 清潔に入れたいが、その器がない。これに文子は頭を抱えていた。そんな時、昨日の少年がやはりやってきた。 ……昨日は遠慮して。水を汲まなかったのよね。私はいない方がいいわ。 台所からそっと見ると。少年は必死に水を汲んでいた。そしてその足で、神社の祭壇にやってきた。 ……お参りしているわ。きっと家族に病で重い人がいるのね。 気の毒になった文子。少年の悲しそうな顔に、自分の胸も苦しくなっていた。 翌日。水を汲みにきた少年に。思い切って話しかけてみた。 「うるさい!女のお前にわかるもんか」 「私は少し薬草の心得があるの。何があったの?」 すると少年はポツポツ話しだした。 「……母さんが、母さんが」 たった一人の肉親。熱でうなされて寝込んでいるという。原因は不明であるが、母親はもう何日も食べ物を口にしていないと少年はこぼした。 「そう……あのね。このジャムなんだけど」 「ジャム?」 少年の竹筒をみた文子は、竹を切ってジャムを入れてみた。これを少年に持たせた。 「その井戸の水を沸かして。これを溶かして飲んでみて?喉の痛みが楽になるわ。それと、これもどうぞ」 「卵?いいのかい」 「ええ。お母さんを大切にね」 痩せている少年。これを抱えて帰る様子。文子は見送った。この夜、この話をすると源之丞は怒り出した。 「あの卵、せっかく食おうとしたのに」 「源様の分はございますよ。ほら。ゆで卵、お塩をかけましょうね」 そう言ってくれた白い玉。源之丞はぱくと食べた。そのうまさ。目を丸くしていた。そしてニンマリ笑っていた。 ……よかった。二個しかないから。源様に食べていただいて。 こうして彼に夕食を食べさせた文子。ジャムを入れる容器をつくろうと、囲炉裏の隅で切った竹を形を整え、容器を作っていた。 「それは何ができるのだ」 「ジャムや乾燥果物を入れて、お米と交換するんですよ」 「これが米に………へえ」 文子は何をしているのかわからない源之丞。眠いと言って寝てしまった。 月明かり、虫の音の森の中。文子は静かに仕事をしていた。 ……いつまでも源様に甘えていられないわ。 自分の仕事を見つけようと、文子は必死に働いていた。 その翌日。神社には少年がやってきた。 「これ。返す」 「ジャムの容れ物ね。お母さんのお熱は下がったの」 「うん……」 何かいいたそうな少年。文子をモジモジみていた。 「そのジャムって。何なの?母さんはうまいって」 「李の砂糖漬けよ。あ?そうだ。あなたも卵を食べる?」 源之丞がまた見つけてきた卵。ゆで卵にした文子。少年にご馳走した。 「お塩を振るわよ?どう」 「うまい?!お前は、いつもこんなうまいものを食べているのか」 正直。文子の口には入ってないもの。彼女はこれには答えなかった。そして二人では神社に参拝した。 「姉さん。姉さんはどうしてここにいるの」 「少しの間。厄介になっているの」 「ふーん……あ?帰ってきた!」 風のように帰ってきた源之丞。文子の背に隠れた少年を見据えた。怯える少年。文子は庇うように挨拶した。 「おかえりなさいませ」 「やい!そこにいるの誰だ!ここは人が来るところではない!」 「……源様。この子はお母さんのために水を汲みにきただけで」 「ならぬ!帰れ!二度ど顔を出すな」 すると少年はピューと走って逃げていった。 「まあ」 「ふん!飯にしてくれ!腹が空いた」 ……あそこまで言わなくてもいいのに。 人嫌いなのは理解しているつもり。しかし、少年への態度は冷たすぎると思った。 「おい。ネギがないぞ!ネギ」 「はい。どうぞ」 「……今日のは味が薄いぞ」 「すいません」 落ち込んでいる文子。食べながら源之丞は内心ドキドキしていた。そんな彼女は今夜もほとんど食べずに下がってしまった。 ……なぜこのように。胸がモヤモヤするのであろうか。 自室に寝そべった源之丞。ボロの屋根の隙間から星を見ていた。 毎日、食べ物を持ってきているので、娘が困ることはないはず。なのに彼女は何か必死に作っている。それに、見知らぬ子供を庇っていた。 ……俺の食べ物よりも。他がいいのか。それに、あの子供を庇うなど。 まだモヤモヤする源之丞。頭にきて夜の部屋を出た。そして文子を探した。 「やい!何をしておる」 「え?明日、清吉さんにこの品を売ろうと思って」 「こんなにか?」 台所の床。そこにはジャムや乾燥梅。食べられる菊。他にも珍しい食べ物が並べてあった。 「今はそのキノコをきれいにしていて」 「泥を取ったのか……お前、なぜここまでするのだ」 この時。文子のお腹がぐうーとなった。 つづく
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