九 真夏の悪い夢

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九 真夏の悪い夢

「ええ?手切金が足りないですって」 「ヤクザの男が出てきて」 「次郎。どういうことなの」 交際相手の中絶手術を終えた二階堂家。夜の居間。照代は泣いている次郎に思わず立ち上がった。 「確かに金は払ったよ!でも。でも俺との交際のことを世間にしゃべるって」 「……今度会うのは逢うのはいつなの?場所は? 息子の不始末。これを払う覚悟の照代。約束の午後の喫茶店にやってきた。そこには女とヤクザな男が待っていた。 「これは奥さん。どうも」 「……もうこれで終わりにしてちょうだい」 照代は金を払った。男と女は笑みを浮かべた。 「いやいや。まだまだこれからもお願いしますよ」 「仲良くしてほしいな」 そう言って男女は店を出た。照代も店を出た。そして車のエンジンをかけた。 ……絶対。甘い汁なんて。吸わせるもんですか。 大きく息を吸った照代。思いっきりアクセルを踏んだ。目の前に歩く男女。これに目掛けてぶつかっていった。 「通報したのは、運転手のあんたか」 「はい。申し訳ありませんでした」 騒然としている現場。照代は乱れた髪のまま、現場の刑事と話をした。 「あんた。救急車も手配したそうだね」 「うちは病院ですので。せめてもの償いです」 被害者はもう病院に運ばれていた。刑事はこの対処に納得していた。 「そうか……まあ、これから調べますが、交通事故でそのうちお宅に伺いますね」 「はい。どうも、申し訳ありませんでした」 頭を下げた照代。病院関係者の車で二階堂病院に戻ってきた。 「奥様。患者は言われた通り、その病室にいます」 「ありがとう。一郎を呼んでちょうだい」 そう言って彼女は個室のドアを開けた。そこでは重傷で苦しんでいる男と女がいた。 「おい!てめえ。わざとぶつけやがって」 「痛い……早く、手当てをしてよ」 「今、先生を呼びますので、ああ、一郎、ここよ」 「母さん。患者だって?」 「ええ、そうよ、お前、実験でこの二人で治療してごらんなさい」 この声。男と女は顔色が変わった。 「やめろ!ふざけんな」 「痛い……お願い、助けて」 「母さん、これ。どういうこと?」 照代は綺麗に微笑んだ。 「待って、今二人に麻酔をしますね」 元看護婦の照代。二人に麻酔をし始めた。 「何するんだ?」 「助けて……お願い」 ヤクザな男と水商売の派手な女。照代は微笑んだ。 「さあ、これで問題ないわ。二人とも身内もいない前科者よ。今から先生が来るから。お前、執刀してごらんなさい」 「僕が」 しかし、強い母の言いつけ。二階堂病院の問題ありの雇い医師とともに無免許の一郎はこの手術をした。 男は太い血管を切っていまい死亡。女の方はなんとか助かったが、子供が産めない体になった。その後、女は飛び降り自殺したが、照代は微動にもしなかった。 ……こんなことでいちいちビクビクしていたら、やっていられないわ。 こんな照代。一郎の教授に金を握らせ、彼を進級させた。一郎、次郎の二人の窮地を非道なやり方で救った。 しかし。残りの仕事。文子の捜索がまだだった。彼女の足取りが全く掴めずにいた。 その夜。照代は義母が残した遺品の大粒のダイヤをはめていた。 ……それにしても。あんなに可愛がっていた文子に。なぜ遺品を残さなかったのかしら。 考え込んでいると、夫が部屋に入ってきた。照代は思わずこの話をした。 「確かにそうかもな。母は文子を可愛がっていたからな」 「あなた。もしかしたら。これ以上の宝物を、あの子に渡した可能性があるんじゃないかしら?」 「これ以上の宝って。そもそも持ってなかっただろう。それに母は株で失敗をしたのだから」 夕刊を読む毅。彼にビールを出した照代。まだ解せなかった。 「ねえ。この指輪って、いくらするのかしら」 「父さんの外国土産だろう。価値は知らないな」 「……私、売りませんが、鑑定をしていいですか」 後日。照代は宝石商を呼び、鑑定させた。驚きの高額であった。 「特に。そのかんざしは、有名職人のものです。なかなか目が高い」 「売れば相当なんですね。わかりました」 鑑定代金を支払った照代。曇り空を見上げた。 ……なぜ。なぜ文子に一つもあげなかったのだろう。 自分を嫌っていた姑。これを容易く自分に渡しているようでならない。胸に支えたものがまだ燻っていた。 ……もしかして。まだ財産があったのかもしれない。これは調べる必要があるわ。 照代は探偵を雇い、姑お抱えの老弁護士を探した。彼は引退し、街から消えていた。そこで病院代の未納がある患者の家族の、銀行員を呼び出した。 「うちの姑の口座の動きを調べてほしいの」 「でも。顧客の情報は」 「亡くなっているんですよ?それに私は遺族。知る権利があります」 「……」 「あなたの奥さんには高い薬を使いたいのよね?お子さんもまだ小さいそうですし。それに調べるだけよ。誰の腹も痛くないわ」 苦渋の銀行員。後日、記録を持ってきた。そこには信じられないことが記載されていた。 「こんなに?文子に?」 姑が残した遺産。その額を見て照代は絶句した。 「今は口座は凍結されて全額ゼロです。こちらの文子さんの口座のお金はまだそっくりそのままです」 「下ろしてないのね。わかりました」 「あの。私の妻は」 青い顔の男。照代は心配ないと彼を帰した。 ……文子を探して。奪ってやるわ。可愛い可愛い文子。待っておいで。 一郎と次郎にかかった費用。夫に秘密の莫大な金は病院の金。今は経理も抱き込み二重帳簿で誤魔化している自転車操業。しかし文子の額はそれを難なく補える金額。酒を持った照代。思わず夜の窓を開けた。 夜風は静かに、彼女を心を揺らしていた。 九 『真夏の悪い夢』完
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