三 祭りの前

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◇◇◇ 「おう。イネか。達者であったか」 「源ちゃん。元気そうだね」 幼馴染の二人。再開の境内。仲良く話をしていた。久しぶりに会う二人。嫁に行ったが旦那が死に、子供がいなかったイネ。嫁ぎ先でこき使われそうであったので、さっさと出戻ってきた彼女は気さくな娘。そんな彼女、ふと遠くの視線を感じその先を見た。 「ねえ。あれが例の娘さんかい」 「あ、ああ」 「何を恥ずかしがっているんだよ!」 イネの方が恥ずかしくなり思わず彼の背を叩いた。 「痛ぇ?」 「全く。お前なんかのところに来てくれるなんて。良かったじゃないか」 芯からそう思っているイネ。源之丞を弟のように思っていた。 「で。嫁にもらうんだろう」 「い、いやそこまでは」 「何でだよ?このままでは居られないでしょう」 急に声が小さくなった源之丞。イネは嫁にもらえと言い出した。 「どうする気なの?」 「あれは金持ちの娘じゃ。こんな神社に来いとはいえぬ」 「何を今さら」 呆れたイネ。しかし源之丞の変化に気がついた。彼が嫁に欲しがっている事実である。人嫌いの彼。この変化にイネは感動していた。 「まあいいじゃないか。これからだよ!」 「祭りもあれは楽しみにしておる。だからやることにした」 「ベタ惚れじゃないか?これは私も汗が出てきたよ」 源之丞と文子が挑戦する販売。幼馴染として協力するつもりのイネ。しかし、挨拶をした文子は沈んだ顔であった。 ……まずい。絶対、私のこと、誤解しているよ。 話せば話すほど。落ち込む様子の文子。イネはこれ以上は源之丞に託すことにし、念のため、この話をした。 「あんたね。ちゃんとその、好きだとか、嫁に欲しいって言っておきなさいよ」 「今は、無理じゃ、あれが疲れておる」 彼なりに思っているのもわかるイネ。しかし心配であった。 「早い方がいいと思うけど。お前さんがそこまで言うなら」 イネは当日の販売を手伝う約束をして帰っていった。源之丞、少々不安になった。 夕食後。文子はやはり元気がなかった。こっそり後をつけると、彼女はなぜが明日の衣装を抱きしめていた。 「何をしておるのだ」 「源様。いよいよ明日ですね」 「ああ」 彼は文子の隣に座った。 「どうした?もう疲れたか」 「あの。祭りの前が一番楽しいなって」 「は?」 文子は月を見上げた. 「終わるのが寂しいです」 「始まる前にそれは無かろう」 文子はこれに笑った。寂しい笑顔。思わず彼女の手を握った。 「明日……大変だったら俺に言え。何でもしてやるからな」 「はい……源様。文子もがんばります」 どこか切ない祭りの前。互いを思う二人の胸は、ざわつくのであった。 三『祭りの前』 完
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