2475人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
◇◇◇
「おう。イネか。達者であったか」
「源ちゃん。元気そうだね」
幼馴染の二人。再開の境内。仲良く話をしていた。久しぶりに会う二人。嫁に行ったが旦那が死に、子供がいなかったイネ。嫁ぎ先でこき使われそうであったので、さっさと出戻ってきた彼女は気さくな娘。そんな彼女、ふと遠くの視線を感じその先を見た。
「ねえ。あれが例の娘さんかい」
「あ、ああ」
「何を恥ずかしがっているんだよ!」
イネの方が恥ずかしくなり思わず彼の背を叩いた。
「痛ぇ?」
「全く。お前なんかのところに来てくれるなんて。良かったじゃないか」
芯からそう思っているイネ。源之丞を弟のように思っていた。
「で。嫁にもらうんだろう」
「い、いやそこまでは」
「何でだよ?このままでは居られないでしょう」
急に声が小さくなった源之丞。イネは嫁にもらえと言い出した。
「どうする気なの?」
「あれは金持ちの娘じゃ。こんな神社に来いとはいえぬ」
「何を今さら」
呆れたイネ。しかし源之丞の変化に気がついた。彼が嫁に欲しがっている事実である。人嫌いの彼。この変化にイネは感動していた。
「まあいいじゃないか。これからだよ!」
「祭りもあれは楽しみにしておる。だからやることにした」
「ベタ惚れじゃないか?これは私も汗が出てきたよ」
源之丞と文子が挑戦する販売。幼馴染として協力するつもりのイネ。しかし、挨拶をした文子は沈んだ顔であった。
……まずい。絶対、私のこと、誤解しているよ。
話せば話すほど。落ち込む様子の文子。イネはこれ以上は源之丞に託すことにし、念のため、この話をした。
「あんたね。ちゃんとその、好きだとか、嫁に欲しいって言っておきなさいよ」
「今は、無理じゃ、あれが疲れておる」
彼なりに思っているのもわかるイネ。しかし心配であった。
「早い方がいいと思うけど。お前さんがそこまで言うなら」
イネは当日の販売を手伝う約束をして帰っていった。源之丞、少々不安になった。
夕食後。文子はやはり元気がなかった。こっそり後をつけると、彼女はなぜが明日の衣装を抱きしめていた。
「何をしておるのだ」
「源様。いよいよ明日ですね」
「ああ」
彼は文子の隣に座った。
「どうした?もう疲れたか」
「あの。祭りの前が一番楽しいなって」
「は?」
文子は月を見上げた.
「終わるのが寂しいです」
「始まる前にそれは無かろう」
文子はこれに笑った。寂しい笑顔。思わず彼女の手を握った。
「明日……大変だったら俺に言え。何でもしてやるからな」
「はい……源様。文子もがんばります」
どこか切ない祭りの前。互いを思う二人の胸は、ざわつくのであった。
三『祭りの前』 完
最初のコメントを投稿しよう!