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八 落葉
紅葉で染まる山の秋。文子は冬支度のため食料の貯蔵。源之丞は大きな猪を捕獲しようと諦めずに罠を仕掛けていた。
「今日こそ罠に入っておればいいのだが」
「きっと入っていますよ。そんなに頑張っているんですもの、はい。これお昼のおにぎりです」
昼飯用のお握り。狐面の源之丞、すっと手を出した。文子はその手に乗せた。
「中身はね、こっちが『しそ味噌』で。そっちは」
「申すな!楽しみなのだ!」
彼は奪うように受け取ると懐に大事にしまった。
「では。参る」
「はい!お気をつけて」
彼を見送った文子。仕事がたくさんあった。何せ今年の冬は二人分の支度が必要。雪が降ると言われさらに支度に追われていた。しかし、それは楽しい仕事だった。
……ここにおいてもらえるだけで。それでいいわ。
居候のままで良い。純粋無垢な源之丞のそばにいたい。文子はただそう思っていた。
この日。今年最後の勝手市の品を作っていた文子。そこに伝助がやってきた。
「姉さん。あのね」
「どうしたの」
「知らない男にね、姉さんのことを聞かれたんだ」
村に住む伝助。勝手市場の文子の商品が欲しいと見知らぬ男に聞かれたと話した。
「姉さんの薬草茶が欲しいから。どこに行けば買えるだってその人言ってた」
「まあ、勝手市場かこの神社の七日の無人販売になるわね」
そんなに欲しければ分ける気持ちの文子。しかし伝助は真顔を向けた。
「……俺もそう教えようと思ったんだけど。その人さ。姉さんのイチジクを見せてくれたけど。すごく薬の匂いがしたんだ……」
伝助は石を拾い、遠くへ投げた。
「それに。女だか男だかわからない顔だったんだ。俺、怖くてさ。今度の勝手市場まで待ってくれって言ったよ」
「薬の匂い……そう。怖い思いをさせてしまったわね」
先日の勝手市場の妨害をしてきた男たち。文子はそれを思い出し伝助を抱きしめた。
「ごめんね。その返事でいいわよ」
「そう?」
「ええ。今度、怖い思いをしたら逃げていいわよ」
ようやく安心した顔の伝助。元気よく家に帰っていった。
胸騒ぎがした文子。次回の勝手市場は取りやめてもいいかと考えていた。
その夜。源之丞はたくさんの薪を作り帰ってきた。しかし、その手に猪はなく、彼は苛立っていた。
文子は風呂を進めてから夕食にした。囲炉裏の鍋、おかゆに大きな栗が入っていた。源之丞。狐面を外してむしゃむしゃ食べていた。
「どうしてだ?なぜ罠に入らぬのだ」
「文子は仕掛けを知りませんが。餌など置くのですか?」
「俺の仕掛けは、獣道に置くものじゃ」
今まではそれでうまく行っていたが、今回の猪は手強い。そこで源之丞は文子の提案で餌を使うことにした。
「餌か……何が良いか」
「今は秋ですよね。美味しいものがたくさんあるから。猪は普通の餌では見向きもしませんよね」
「まあな。あいつらはご馳走好きなのじゃ」」
「……源様。それは文子に作らせてください」
「お前が?っというか。お代わり!」
元気な源之丞。少しは役に立ちたい文子。この夜、猪の餌をじっくり考えて作った。
翌朝。二人は一緒に猪の罠までやってきた。
「ここじゃ。気をつけよ」
「罠を草で隠してあるのね……源様。これです!」
「李ではないか?良いのか」
うんと文子はうなづいた。
「それは。お酒にしようとして漬けておいて、残った実の部分なの。匂いがすごいでしょう?」
「ああ……甘い匂いがする。これは効きそうじゃ!」
すでに虫が寄ってくる甘い香り。二人は楽しみに仕掛けにこれを置き、現場を離れた。
この日は仲良く森の中。クリを拾い、キノコを取った。
「あった!これも松茸」
「お前、本当に初めてか?」
「はい……あ?源様、足の先。そこ。もっと右にありますよ」
「ここ?……おお?本当だ」
思わぬ文子の才能。源之丞は笑顔で一緒に山で過ごした。一緒におにぎりを食べ、落ち葉に寝転んだ。
「源様。冬は何をしているんですか」
「寒いから寝ておる……まあ、冬眠じゃな」
「冬眠?」
しかし。文子はそんなことをしていられない。何かすることを考えなくては退屈してしまう。
……何か仕事を考えないと。着物でも縫おうかな。
すると源之丞。ガバと起き上がった。
「匂う」
「何がですか」
さっと面を外した源之丞。険しい顔をした。
「……今までにない匂いじゃ……こっちか」
「待ってください」
急足の源之丞。文子は必死についていった。そこは猪の罠の場所だった。
「源様……きゃ?血だわ」
「見ろ。仕掛けが壊されておる」
獲物はなく血だけ。しかも仕掛けが壊されていた。
「これは獣ではない。人だ」
「人?こんな山奥に?」
「……匂う……臭い。薬の匂いだ」
「薬の、匂い……あ」
文子の頭には伝助の言葉が思い出された。源之丞は文子を見た。
「いかがした?何か知っておるのか」
「怪しい男が、私を探しているようで」
「男。それが薬の匂いか」
罠の跡の血。おそらく足を負傷しているのは文子にも明らかであった。
「しかし。こんな獣道を通るのはなぜだ?お前に用事があるなら、境内に来れば良いものを」
「そう、ですね」
文子への妨害の男達の可能性。文子は心配するので源之丞には話してなかった。しかし、この状況。話す必要があった。
「まずは帰るぞ。日が暮れる」
「はい」
……帰ったから話そう。源様には正直に話そう。
秋の日は鶴瓶落とし。楽しい時間はあっという間に過ぎた。二人は母家に帰ってきた。
「ああ。疲れたぞ。腹が減った」
「朝の雑炊にキノコを足しましょうね」
「ああ」
囲炉裏そばで寝転んだ源之丞。これを見届けた文子。台所にやってきた。
……ん?何か違和感がある……
何がどうとは言えない。しかし、何かが変わっていた。文子はそっと作りかけの栗の砂糖漬けの鍋を開けた。様子に異変はない。胸をドキドキさせながら、水回りを確認した。その違和感を見つけた。
台所は土間。土のままで文子は草履で動いている。ここの土間、いつもよりも綺麗なのである。何かを拭き取った形跡を発見した。
……ここだけ土が白い。源様はこんなことしない。清吉さんが何かをこぼして、拭き取ったのかな。いや?そんなことはしない……
この時。囲炉裏の部屋から叫び声がした。
「ぎゃああああ!こいつ!この」
「源様!?」
文子が慌てて入ると、そこには大暴れしている源之丞がいた。手には何かを掴んでいた。文子は悲鳴を上げた。
「きゃあああ?源様!」
「離れておれ!この」
やがて。それは源之丞が火搔きで叩き、逃げていった。
「ううう」
「……これは、蛇?ど、どうしてこんなところに」
「噛まれた、足。腕も」
「源様!」
咄嗟にサラシの布で箇所を縛った文子。その足を心臓よりも高くした。毒が回らないように、必死に動いていた。
「へ、平気じゃ」
「でも。でも」
「ごめん下さい」
二人が動揺している時、外から怪しい声がした。
つづく
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