1 人の形をしたもの(※妹視点)

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1 人の形をしたもの(※妹視点)

「なにを愚図愚図しているんだ! 早く出なければカメルレンゴ侯爵家の晩餐会に遅れてしまうではないか!! 急げ急げ急げ!!」 「急かさないでください、お父様。お姉様は目が悪いんですから」 「本当に顔以外は人間以下だな。この出来損ないが!」  父の罵詈雑言は軽く無視してあげて。 「お父様。私が馬車まで送り届けますから、先に乗っていらしてください」 「そうやって甘やかすから調子に乗るんだ! おい、エレオノーラ! お前は妹に手伝ってもらわなければ帽子もまともに被れないのか!? そんなの歩き始めた子供でもできる事なんだぞ!!」 「ご、ごめんなさいお父様……っ」  まあ謝るわよね。  お姉様ってそういう人。  本当にこんな優しい人がこの父から生まれた事が摩訶不思議。  父から生まれた?  生んだのは母か。 「後ろ前が逆だ!! 父親を馬鹿にしているのかッ!?」 「ごめんなさい……!」  泣き出しそうな顔で、姉が帽子の向きを直す。  その手が震えているせいで、残念無念、帽子が落下。無残にも程がある。 「あっ……」  と、手を泳がせてしゃがんだ姉の髪を父が掴んだ。 「お父様!」    しまった。  止めるのが遅れた。 「きゃっ」 「いい加減にしろ!!」  掴まれた髪に吊り上げられるような形で足を伸ばした姉のその靴の下、くしゃりと帽子が踏まれてひしゃげる。それを見た父の目に殺意が走った。  これはいけない。 「お父様! お父様、お姉様の髪型が崩れます。時間が」 「ふんっ」  力任せに父が姉の頭を放り出す。裏目に出た。  私は駆け寄った。  駆け寄ったけれども間に合わなかった。  姉はよろけて転び、小卓のランプに顔から倒れた。 「きゃああぁっ!!」 「お姉様!!」  じゅっ、と。  残酷な音が耳に届いた。 「なにをやっているんだお前は!!」  怒鳴る父なんか今どうでもいいですから。  私は姉の肩を掴んで抱き起こした。  姉は涙を流し、顔を覆うのさえ躊躇う手を大きく戦慄かせている。 「……」  息が止まり、体が冷えた。  姉の美しい顔の左半分、酷く焼け爛れている。 「……大変……お父様、お医者様の手配を──」 「なっ……! この馬鹿者が!!」  ハッとして顔をあげると、そこには姉の顔を覗き込む父の狂暴な顔があった。  まさに悪魔。地獄に落ちる必要なんてない。姉にとってはこの世が地獄だ。 「大切な顔に疵をつけおって……なんだそれは! 痕が残るに決まっている! ああ、終わりだ! 私の計画はおしまいだ!!」  おしまいなのは父の人格。  神が生かしておく理由を知りたい。
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