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2 執行猶予は7日間
「待って」
そっと抱きしめようとしてきた夫を、掌で押し留める。
「恐がる必要はないよ、ティアナ」
「違うの」
この男と初夜に臨むなんて、嫌。
ましてこの男の母親に体を好き勝手されるなんて、絶対に嫌。
だけど、夫は私をコドモだと思っている。
どうにでもできると、きっと、高をくくっている。
「その……月のものが……」
「えっ!?」
どんな嘘を吐いてでも回避しなければいけない。
でも、こんなに安全で信憑性の高い嘘も、なかなかない。
「そんな……君、さっき花嫁衣裳を着ていたんだよ!?」
「さっき来たの。その、とても感動的な式だったから気持ちが高ぶってしまって」
「そうか……君の体はとりわけ繊細だからね。それは、無理をさせられない」
夫が微笑み、私の肩をぽんと叩く。
「急がば回れ、ってね」
てね、じゃないのよ。
こっちは血管切れそうなのを隠して、慎ましく笑ってるっつーの。
「ごめんなさい。だから、今夜は……」
「もちろんだよ。では、今日から7日間は寝室も別々か」
……へえ、そうなの。
「楽しみが伸びた分、きっと喜びも膨らむ」
ご満悦だわ。
「あなたも、ゆっくり体を休めてくださいね」
「ハハハッ。こちらの心配をしてくれるのかい? 大丈夫、7日間もあるんだ。たっぷりじっくり抜かりなく準備しておくよ」
まさか優しい紳士と信じて疑わなかったこの男が、こんな気持ちの悪い人間だったなんて。そして私が、この男の妻だなんて。
なんとかしなければ。
私はその夜、結婚に際しての挨拶状や礼状などをしたためるのに紛れ、ある人物への手紙を書いた。
「……」
普通の文面で。
でも、かつて送りあっていた、秘密の暗号を鏤めて。
翌朝、私の書いた手紙類はすべて夫の目を通り、義母の目も通り、それから送り主へと羽ばたいていった。
「君があの高名な貴族学校にいたというのも、この結婚の決め手だったんだ」
「そうなの」
「ああ。なんといっても、王室とより濃密なお近づきになれる」
夫は悪気なくそう笑って、優雅に紅茶を啜った。
まったく、酷い話だ。私の気持ちなんて、なにも考えていない。
私は子供の頃、今は王母となられたアンネリース様が息子のために同年代の貴族の子女を集めた貴族学校に属していた。それは、今は国王となり当時は王子だったハンスの、生涯を通しての側近と花嫁候補を探す目的もあったのだ。
それが証拠に、私は姉が嫁ぎ先で死産してしまった報せのあとで、資格を失った。健康な世継ぎを産めないのであれば、妃に相応しくない。理屈はよくわかった。
でも、私たちは惹かれあっていた。
彼は言った。君は生涯かけがえのない大切な友人だよ、と。
だから、マイヤー伯爵夫人となった私から挨拶の手紙を送るのは当然だった。
あとは、彼次第。
7日後には、寝室で裸にされてしまう。
だからどうかその前に……助けて、ハンス。
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