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3 謁見の間での再会
私は単身、宮廷に呼び出された。
謁見の間にはかつての友人が大臣や側近となり、国王ハンスの脇を固めている。とてつもない緊張感に、私たちは各々が大人になってしまい、もうあの頃には戻れないのだと思い知らされた。
「結婚早々、呼び出してすまなかった」
国王になった彼の、私に向けられた初めての言葉は、それ。
懐かしい声を思い出す事もできない。
すっかり、深い大人の声。
威厳さえ湛えている。
「陛下、勿体ないお言葉です」
「顔をあげてくれ。悲しい別れとなってしまったあなたに、こうして、再び会えて嬉しい。勝手を言ってすまないが──ティアナ」
私は深く下げていた頭をあげた。
見つめ合うと、そこにはすっかり大人になった、ハンスがいた。
私を見つめる優しい瞳。
それに、今は国王という重責を負って厳しさを兼ね備えている。
「一度はお役に立てないとされた私が、再びこうして役目を与えられ、誠に光栄です」
宮廷の侍女は、貴族の夫人から選ばれるのが通例。
令嬢だった私は花嫁候補から洩れたものの、結婚して宮廷に上って来る資格を得たのだ。他の男の……気持ち悪いマザコン男の妻になって。
悠々自適な暮らしは送れないけれど、宮廷で働けるのは光栄な事だし、何よりあの夫と年単位で顔を合わせなくていい。
ハンスは、私を助けてくれた。
私が義母にまで処女を捧げると知って、呼び寄せてくれた。
なんでもする。
なんなら、命をかけて役立ちたい。
「母上が年を取り、体調の優れない日が増えて来た。疲れも溜まりやすく、なかなか回復しない。あなたは、よく母上の肩を揉んでくれた。母上の侍女として、勤めてほしい」
「……」
一瞬、なんと答えたらいいか迷ってしまった。
姉が死産した赤ん坊と共に亡くなった、あの時。私を切ったのは王母アンネリース様だ。憾んだ事はない。仮に私が花嫁候補の中に居続けて婚約とでもなったら、私が重責に潰されただろう。
だって、姉は死んでしまった。
私も世継ぎを産めず、そのまま死ぬかもしれない。
年端もいかない当時の私には、立ち向かう勇気がなかった。
でも、今は違う。
「あなたには、辛いかもしれないが。でも母上も懐かしく感じている。再会を、心から喜んでいる」
「……あの時、御配慮頂いた事、大人になった今ではそのお心が温かかったとよくわかります。アンネリース様のお傍にお仕えできて、光栄です」
ハンスが安心したように、柔らかく微笑んだ。
「ですが」
「?」
私は、もう怯まない。
だって、後がないのだ。
勤めを終えたあと、あの男の妻として、あの家に帰り、そしてあの義母にドレスを脱がされるなんて、考えただけでも死にたくなる。
「もし機会を与えられるのでしたら、命に代えても男の子を産んでみせます」
「……」
ハンスは言葉を失っている。
側近も大臣も、驚いた表情で私を見つめていた。
驚く事はない。
私はもう子供ではない。傷ついた令嬢ではない。
誰の子を産むか決める、大人の女なのだ。
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