6 朝と思い出とキス

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6 朝と思い出とキス

 微睡みの中でゆっくりと目を覚ましていた私は、隣でハンスが息を止めているのに気付いた。彼は、ひっそり、静かに、身を起こして私の眠りを妨げまいとしている。  私は勢いをつけて身を起こした。 「!」 「大丈夫。なにもしてない」  驚くハンスに掌を向けて、真顔で告げる。  ハンスは大きく息をついて、低血圧な蒼白い顔をふった。 「よかった」 「昨夜、誰と飲んだの?」 「ベアノンだ。あいつは蟒蛇なんだ。君が戻った祝いだと言って、いつもより早いペースで注いでくるのを、こちらも浮かれて……いや、すまなかった」  彼は国王なのに、申し訳なさそうに静々とベッドを下りた。 「驚いた。でも、彼らも快く迎えてくれたなんて嬉しい」 「当然だ。君が去ったあと怒り狂ったのは僕だけではない」 「ありがとう、ハンス」 「僕らはみんなでひとつだった」 「ええ」  懐かしい思い出が蘇る。  秘密基地で、私たちは砦ごっこをして遊んだ。ひとつの国を作って、架空の敵軍を相手に戦略を練って、末に打ち負かす。  みんな子供だった。 「その……母上とは、和解できたようでよかった」  気まずそうにハンスがそっぽを向いたまま言った。  そんな彼を見あげていると、ハンスが慌てふためいて手をひらひらさせる。 「早朝、君のベッドでする話じゃなかった。すまない」 「大丈夫よ」 「普段はこんな事はないんだ。絶対にしない。間違いだ」 「ええ。誰にでも過ちはあるわ」 「違う。君とこうして会うのが間違っていると言いたいのではないんだ。君とは、失った時間を取り戻したいと本気で思っている。それなのになんと言う事だ。初日に酔って部屋に押し掛けるなんて……っ」  彼は取り乱している。  頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。  私はベッドを下りて彼の傍に跪き、そっと肩に触れた。 「大丈夫です、陛下。誰にも言いませんから」 「……!」  また息を止め、乱れた前髪の間から私を見つめる。 「さっき、ハンスと呼んでくれた」 「ええ」 「ああ、ティアナ!」 「!」  抱きしめられて、バランスを崩した。  でも彼が抱きかかえているので倒れはしない。 「君のいない人生なんて考えられない。ティアナ、ティアナ……!」 「……嬉しいわ、ハンス」  彼の大きな背中に腕を回して、抱擁を交わす。  永遠に続けばいいのに。そう思った矢先、彼が腕をほどいて私の肩を掴んだ。そして怯えるような、それでいて熱く潤んだ強い眼差しで、私の瞳の奥を探る。  口づけは、衝動的だった。  熱く、激しく。  大人になった私たちは、自分の求めるものも、相手の求めるものもわかっていた。本能と呼んでもいい。  息が弾み、体が震える。  もうはっきりと理解していた。  私たちは失った時間を、一瞬で取り戻したのだ。
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