8 悍ましい交渉

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8 悍ましい交渉

「国王陛下のお役に立てるのであれば、妻のひとりやふたり、喜んで献上致します」 「……」  なぜかしら。  別れて欲しかったのに、夫が乗り気で悪寒がする。 「もしティアナや役不足となった暁には、多産な令嬢を捜して連れて来ましょう。御心配には及びません。汚らわしい娼館や村娘ではなく、家柄のはっきりした健康な令嬢を捜してきますよ。そうだ、国王陛下の花嫁コンテストを開かれては? 貴族学校と同じ目的ですが、現在のほうがよほど現実的かと」 「必要ない。余が求めるのは後継ぎを産む道具ではなく、たったひとりの愛する妻ティアナだ」  ハンスが玉座から重々しく告げた。  謁見の間に、夫が呼ばれていた。  私は王母アンネリース様の侍女として、数人の侍女仲間とともに控えている。   「仰る事は誠に結構ですが、いい面もありますよ。陛下のお気に召さなかった令嬢は、従者殿たちに宛がうのです。そうすれば一気に宮廷は華やぎ、後継ぎもポンポン生まれて、各家の繁栄は間違いなし!」 「よく来てくれたわ。あんな愚か者、あなたに相応しくない」  アンネリース様がふり向いて小声で呻った。  こめかみに青筋が浮くほど憤怒している。これは、首から肩にかけてバキバキに凝ってしまうだろう。午後の肩揉みはいつも以上に気合を入れなければ。  でも、とても嬉しかった。  ハンスの脇に侍るベアノンとツェザールも、虫を見るような冷たい目で夫を見おろしていた。なんだか、自分の垢を見られたようで恥ずかしくなってくる。 「貴殿の考えはわかった。では、離婚してくれるか?」 「ええ! いっそなかった事に致しましょう。結婚自体、手違いだったという事で」 「では手続きを」  オットマーが頷く。  夫がにやりと笑った。 「それで……陛下。可愛い妻を差し出すこの私に、なにか……?」 「──」 「くださるものが? あるのでは?」  ハンスほか、みんな殺気立つ。  嬉しいと同時に、本当に申し訳ない。 「陛下。マイヤー伯爵にゼタッド地方を任せては?」 「名案だ」 「おお!」  ツェザールの提案にハンスが即答し、夫は興奮を顕わにする。  地図の端。つまり、ゼタッド辺境伯という地位を得るのだ。  これは大変な事だ。  私は眩暈がして、息を呑んだ。  夫は私を天使と呼んで、スキップしながら去っていった。  こうして私は自由になったのだけれど…… 「取引のような真似をして本当にすまなかった」 「いいのよ……」 「君は国を幾つ積まれても交換などできないくらい尊い、かけがえのない人なんだ。だから人質のように領土で交換したようなこんな状況で言うのは間違っているとわかっている。でも止められない。これで僕だけのティアナだ!!」  謁見の間の脇の通路で抱きしめられる。 「おかえり……ティアナ……!」    彼の喜びと愛が伝わってきて、私も涙がこみあげた。  後でオットマーから聞いた話によると、ゼタッド地方はすぐ隣に女首長の統べる強い民族がいて、若い男を狩るそうだ。 「命まで取らなくても……」 「ティアナ。じゃない」 「あ」  数秒考えて、私は大切な過去だけを愛おしむ事に決めた。  歩むべき道を、踏みしめて。
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