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駅前のロータリー。そこから伸びる目抜き通り。そしてそれを挟むように広がる住宅街。その全てが、夕焼けに赤く染まっていた。
駅前のファーストフード最王手チェーン・マクドナルディアで、江口と宇奈月は窓際の二人席で向かい合っていた。
そして、宇奈月が和やかに確認する。
「えっと〜、きき間違えたかもしれませんね……。もう一度言ってもらえます?」
「俺氏、異世界から女騎士を召喚しました!」
一瞬の間。そして、
「きき間違えじゃないですよねえ!? そうであって欲しかったのに!! きき間違えようが無いですよねえ——!?」
ガタン! とテーブルに手をついて立ち上がりつつ叫ぶ宇奈月。「ちょ、落ち着いて!」とたしなめる江口に「落ち着いていられるわけがないですよね!?」と詰め寄り、
「わ、わ、私がどれだけの心構えをしてここにきたかわかってんですかあ!?」
などとすっかり心の内だだ漏れで口走る。それに対し、
「な、なんの心構えが必要なんだ……?」
と本気で思案顔の江口。
それをみて、「〜〜〜〜っ!」と手をぶんぶんふりながら憤懣遣る方ないといった様子の宇奈月。
周囲の客は「おいおい痴話喧嘩か?」などと囁きつつそっと距離をとっていく。
そして、ひとしきり感情を放出した宇奈月は「はあ……」と一つため息をついて、
「いろいろ突っ込みたいところではありますが、まずは最後まできいてあげますよ……」
と諦観の眼差しと共に席へ腰を落ち着かせる。
「お、おう。……ありがとう?」
「いや、ほんとですよ……」
私じゃなかったら平手打ちされててもおかしくないですからね? と呟く宇奈月に冷や汗を流しつつ、江口は事の顛末を全て、包み隠さず話した。
知っての通り、第二作目が早々に打ち切りになったこと。
それは、江口のファンタジーのセンスが枯れてしまったことに起因すること。
それ以降、新作の企画書を提出するもずっとボツをくらっていること。
……あの日、閉架書庫で見つけた本には魔方陣が書き連ねられていたこと。
そんな中、センスを取り戻そうと、そして再起を誓う意味で適当に描いた魔方陣で、偶然、異世界から女騎士を召喚してしまったこと。
その女騎士が、江口を自身の探し人であるという大魔導士シエロと勘違いしていること。
それをいいことに、江口が女騎士を、小説の監修に利用していること。
そして、女騎士との共同生活において、同じ女性の協力が必要不可欠であること——
——つまり、女性がこの世界で生きていくために必要な知識が、どうにも江口だけでは補いきれないのだ。
……いや、江口とて立派な大人である。彼女と同棲していたことだってあれば、年の近い妹だっている。これまでの経験から、それなりに女性の生活には通じているつもりではあるものの——それでも、やはり全てというわけにはいかない。
だから、この先のことをいろいろと考えると女性の協力は必要不可欠であり、そのためにその協力者——いや、共犯者には女騎士とのデートに同行してもらって、まずは服でも見繕ってもらいつつ、親睦を深めてもらおうというわけだ。
そして事ここに至り、江口が頼ることのできる人物として白羽の矢が立ったのが、
「私、ってことですか……」
宇奈月は小さくため息をつく。
そして、江口の顔を見据えて、一言確認する。
「江口さんは、それでいいんですね?」
「え? ……ていうか、信じてくれるの?」
「まあ〜、そうですねえ」
もちろん、江口の話す内容はどう考えても荒唐無稽で、ファンタジー小説の書きすぎでおかしくなったのではないかと疑いもした。が、宇奈月に説明を行う江口の目は、真剣だった。とても、嘘を言っているようにも、おかしくなってしまったようにも見えなかった。
(いや、最初からおかしい人ではあるんだけど……)
それでも、宇奈月は江口の語った内容を、本当のことだと、信じた。
「信じますよ。江口さん、嘘つくの下手そうですし」
「いや、でも女騎士は俺がシエロだって信じてるぞ?」
「ペンネームと同名ってところが、ちょっと巧妙でしたね〜。あと、その女騎士さん、すっごく真っ直ぐな人なんだと思いますよ〜」
「それはまあ、違いない」
ソードはどこまでも真っ直ぐな性質だ。
「で、そんな女騎士さんを半ば、というか完全に騙して、大魔導士を騙って、そこまでして江口さんは、ファンタジー小説家として再起したい、ってことですよね? で、それで、いいんですよね?」
……。
あらためて問われると、痛い所だ、と江口は思った。だが、当たり前の指摘だし、その覚悟はしてきた。そしてそれに対して、自分の中で結論を出してきてもいる。
「……ああ。それでいいと思ってる。いつか、この罪の代償を支払うときが来るとしたら、潔く支払うよ。でも、今は、俺は悪魔に心を売り渡してでも、ファンタジー小説家として、再起したい」
そう強く頷く江口に、「覚悟って、そういう覚悟だったんですね……まったく、紛らわしいにもほどがありますよ……」と呟き、
「はあ〜……、わかりましたあ。であれば私からは、もう何も言うことはありません。それに、私にも、責任の一端はあることですし——」
協力させてくださいと。そう言った。
「え、と、責任の一端って——?」
聞き捨てならない彼女の言葉に、江口はたまらず訊ねる。
それに、宇奈月は事も無げに答えたのだ。
「あの日、鍵をなくしたって言いましたが、あれ、わざとでした」
「はあ——!?」
「あの日、閉架書庫を整理してたら、偶然、パピルスで出来た、しかも魔方陣っぽいものがたくさん描かれた本をみつけたんです。それで、思いつきました。これを江口さんに見せれば、いい刺激になるんじゃないか——って」
それで、鍵をなくしたふりをして江口さんにあの本をみつけてもらったんです。
宇奈月の言葉に、唖然とする江口。そして、
(だからあの時、俺が怪訝そうな表情を浮かべたとき、あざとい仕草で俺の思考をストップさせたのか——。というかそもそも、あんなに几帳面で真面目なこの娘が鍵をなくすなんてこと事体がおかしかったんだ——)
と、思い当たる節があることに遅まきながら気付く。
「だから、江口さんがその日魔方陣を描いたのは、もとを正せば私のその要らぬおせっかいのせいだったとも言えます。なので、それがきっかけで江口さんが女騎士さんを召喚して、彼女を利用しようと決めたなら、それは私にも少なからず責任があります。それに、」
ここで一呼吸置いて、
「私、江口さん——シエロ先生の書く小説、好きです。
いえ、正確には、好きでした」
その言葉が、全てを物語っていた。
宇奈月もやはり、第二作目には肯定的な感想を持っていない。だが、
「私も、再起して欲しいです。もう一度、シエロ先生の小説、読みたいです。だから、私に出来ることがあるなら、出来る範囲で、協力します——」
そう、真剣なまなざしで、言ってくれた。そして、「ありがとう」と呟く江口に、「いやいや〜」といつもの柔和な笑顔に戻って、いたずらっぽくこう言ったのだった。
もちろん、異世界の女騎士さんなんて、ファンタジー好きならどうあってもお近づきになりたいですがね〜!
こうして、女騎士の監修によるファンタジー小説家としての再起計画に、新たな共犯者が加わったのだった。
そして、
「ん……? つまり、今日まで江口さんはその女騎士さんと一つ屋根の下で?」
「あー、うん、そうだけど」
「…………ばか」
早くもそっぽを向いてしまう共犯者の機嫌を直すため、江口はシェイクとチョコパイを平身低頭献上するのだった。
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