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召喚から始まる監修生活!
「ええっと、ごめん。状況を整理させてくれ」
「わかりました」
あまりのことに逆に冷静になってきたぞ……。
眉間を指で押さえつつ女騎士に手を向けて、必要な情報を得るためになんとか言葉を紡ぐ。
「つまり、そ、ソードさん? は、この世界に召喚されたと仰る?」
「はい」
「そこの魔方陣で?」
「そうなりますね」
「……俺がやった?」
「恐らくは」
……沈黙。
俺は呆気にとられていた。件の女騎士はそんな俺に一瞬で近づいて——あまりに無駄のない身のこなしに一瞬も身体を動かせなかった——「導師……?」と、心配そうに顔を覗き込んでくる。
(近いちかい――!)
結果、いきなり訪れた滅多にない女性との急接近に思わず身を引いてしまう。
「じゃあ、ど、どうして言葉が通じてるんだ?」
「あの魔方陣にはどうやら、召喚の他に、召喚された者の持っている情報をこの世界の該当する情報に置き換えるという魔法も組み込まれているようです」
「まじか……」
なんというご都合主義。
彼女は怪訝そうに眉をひそめ、そして、ある事に思い至ったように言う。
「まさか……いえ、私の思い過ごしであればよいのですが、ひょっとして……」
ようやく、俺が彼女のいうセンセイとやらではないことに気付いたのだろう。俺はそう思った。だが、彼女の反応は予想の斜上をいくものだった。
「記憶を失っていらっしゃるのでは……?」
「なんでだよ!?」
思わず突っ込む。すると彼女は俺に、おもむろに手を向ける。
何か危害を加えられるのではとびくっと体を震わす俺。だが、そんなことは起きなかった。彼女の手には、一冊の文庫本があった。それは俺の第二作目、〈竜の棲家にも十年〉だった。
「思い過ごしでしたら申しわけありません……これはシエロ導師がお書きになったものとお見受けしますが——」
そして彼女は、こんなことを宣ったのだ。
「モンスターやその他諸々の描写が、あまりに私の知るものとかけ離れていたものですから……」
(——えっ?)
俺は、耳を疑った。そして、思わず訊いていた。
「ど、どんなふうに?」
「……では憚りながら。
まず、最初に主人公が相対した〈スライム〉が最下級のモンスターとして位置づけられていますが……とんでもない、スライムは上級モンスターです」
「は――? な、なんで?」
「スライムは群生し、戦闘の際には必ず数十匹が一つの巨大な塊となって襲ってきます。またその身体は流動的で、通常の斬撃や打撃といった攻撃ではそうそう倒すことはできず、唯一魔法だけが有効なのですが、一度体内に魔力を多く持つ人間を取り込むと、魔法耐性までもが大幅に上昇するのです」
「なにそのチート……」
思わず呟く。彼女は続けて。
「また、竜に育てられた少年の半生が描かれていますが、竜との会話の描写において、言葉を発する度に口から火が漏れる竜の特性を描かないのは、些か描写不足と言えそうです。……それにそもそも、竜の発する言葉はその弩級のボリュームに対して滑舌が悪く、人語とは別の言語として扱われ、正常なやりとりが行える者は竜の通訳として重宝されるほどです。生まれたときから竜に育てられた少年が竜との意思疎通に難がないことはまあ納得できますが、であれば、その後人里におりて、少女とであったとき、少女のほうが少年の言葉を理解できたとはとても思えません。竜に育てられた少年は、竜と同じように言葉を発しているはずですから」
「な、なるほど……」
情報の奔流に押し流されそうになりながら、なんとか相槌を打つ。
「単身異世界へと向かわれたシエロ導師を探す方法を模索し続け、幾星霜を経て今日に至り——よもや私自身が召喚されるなどとは思ってもみませんでした。
驚きの中あたりを見回すと『著者:シエロ』という文字を見つけ、非礼を承知で勝手に開いてしまいました……申しわけありません。ですが、まだ序盤しか読んでいないにもかかわらず、この物語には向こうの世界との情報の相違が甚だしく見受けられましたので、記憶に混濁が生じているのでは、と……」
「い、いや、それはいいんだけど……」
ここまできいて、俺の脳裏をある思い付きが掠めていた。
(この娘は、使える――)
だが、俺は揺れていた。良心の呵責に苛まれていた。
いいのか、そんなことをして。彼女を騙すことになるんだぞ?
しかし同時に、昨夜決意したことを思い出してもいた。
――どんな手段を使ってでも、ファンタジー作家として再起する――
この決意は本物だった。たとえ悪魔に心を売り渡してでも達成してやろうと思っていた。そして今まさに。悪魔に魂を売り渡すことで、ファンタジー作家として再起できるかもしれない、大きな武器を手に入れることができる。
(全てを正直に話して、そのうえで協力してもらうことは――?)
いや、無理だ。彼女はついさっき言ったじゃないか。『私と一緒に、元の世界に戻ってください』と。俺が彼女の探し人ではないと分かれば、彼女がここにいる理由はなくなる。
時間はない。喉が鳴る。そして俺は……選択した。
それは、悪魔に魂を売り渡す選択だ。
小さく深呼吸をして、無理やり調子を切り替えて言った。
「……ばれちゃったなら仕方ないか。実はそうなんだよ! この世界にきたとき、記憶が飛んじゃったみたいでさ。戻ることもできないし、かといって何もせずのたれ死ぬわけにもいかないから仕方なく、朧げな記憶を頼りにファンタジー小説を書いて日銭を稼いでたんだけど、向こうでの記憶がほとんどなくなってるせいでどうにもまともに書けなくなってきててさ。……困ってたんだ」
今度は彼女が驚く番だった。
「なっ……戻れないのですか!? これだけ高度な魔方陣で召喚はできたのに……?」
「あ、あー」まずった。が、なんとか言葉を探す。
「それは――そう、召喚の魔方陣だけは、覚えてたんだよ。でも、戻るための魔法が思い出せなくて」
く、苦しいか……?
そう思って恐る恐る彼女の目を見遣るが、
「そう、でしたか……それは、心中お察しいたします……導師ほどの方が、向こうの世界のことだけでなく魔法の記憶まで失うなど、どれほどの苦しみか……」
普通に信じて貰えた。なんというか、真っ直ぐな性質なのだろう。
俺はその流れで、核心に迫る。
「それで、ものは相談なんだけど……」
「なんでしょう……?」
純真な目をこちらに向けながら小首をかしげる女騎士に、俺は「あ……」と一瞬口ごもる。いかん。絆されるな。もう決めただろ。悪魔に魂を売るって。ここで引き下がるわけにはいかない。
「えっと、俺に向こうの世界へ帰る手段がない以上、それはソードさんもまた同じと思っていいのかな?」
「もちろんです。そもそも異世界への転移などを実現できるのは、大魔道士たる御身のみ。私ごときにはどうすることもできません」
「じゃあ、ソードさんもこの世界でなんとかして生きていかないといけないわけだ」
「まあ、そうなりますね……」
利害は一致した。そうだ。彼女にとってもこれは、決して悪い話ではない。
――そうして自分の行いに対する免罪符を探す己の浅ましさに嫌気がさすが、ぐっとこらえて。
「よし、じゃあ、俺が君を雇おう!」
俺のその言葉に女騎士は「え――?」と目を丸くするばかりだった。
そして、彼女は困惑気に言う。
「それは勿論ありがたい申し出なのですが……具体的には何をすれば? あ、魔物の討伐などであしたらなんなりと――」
「いいやちがう」
「で、では……」
俺は、口ごもる彼女、女騎士の藍色の目を見定め、はっきりと言った。
「俺のファンタジー小説の……
監修を引き受けてくれないか――!
……こうしてこの日から、俺と女騎士との、小説家と監修者との、二人三脚のファンタジー作家生活が幕を開けた――。
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