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手紙と宿題
「太陽を食らうかのようなその風貌から、日食という呼ばれ方をされて来ました」
昼下がりの教室に、先生の落ち着いた声が響く。先生の声は低くて穏やかなもんだから、耳に心地よい。柔らかな日差しが射し込む部屋にあっては、その声はどこか子守唄の様にも聞こえていた。
「一部だけが欠ける部分的な日食もあれば、太陽全体が月の影に隠れて……陽丸くん、起きなさい」
「うぁ……」
ふぁい、と。真の抜けた声が出たから、みんなに笑われながらの目覚め。目を擦りながら「すいません」と言うと、先生は苦笑しながら「顔洗っておいで」と告げる。
言われるままに立ち上り、廊下へ抜けて。近くの水道まで足を伸ばした。
冷たい水で顔を洗うも、眠気はあまり取れない。そのままぼんやりと、窓の外を眺める。麗らかな日が差していて心地よい。
何も、先生の話がつまらないわけじゃない。
冷たい水で眠気を覚ましながら考える。それでもやっぱり、昼過ぎの麗らかなこの陽気では。部屋の中にこもって座学に耽るのは、おれには難しい。
「眠気、落ちてなさそうだね」
ひま。よく通る高い声が聞こえて振り向けば、同じように教室から出てきたらしいまひ――真洋がいた。手をひらひら振っていると、こちらにやってきてまひも顔を洗った。
「遅かったから、見にきた。先生何にも言わなかったけど、心配そうだったから」
「まだ何分も経ってないのに。心配性だなぁ」
「ひまがどっかいかないか心配なんじゃない?」
「何それ」
笑いながら、でも先生のことだからちょっとあり得るなと思う。信用されているんだかされていないんだか、微妙なところだ。
「もうすぐ、『太陽の消える日曜日』だねぇ」
窓から空を見据えながら、まひが呟く。おれも視線を空に移しながら、適当に相槌を打った。綿菓子のような雲が、気持ち良さそうに空を泳いでいる。
*
太陽の消える日曜日。今週末の皆既日食は、そんな呼ばれ方をして待望されている。
日食の仕組みが確かになってからどれくらいなのかはおれにも分からない。嘗ては太陽が消えた様にも見えるこの現象を、災いの予兆だと考える人もいたそうだけど、今ではそんなことは言われなくなって。むしろ特別な日だからと、お祭りまで用意している始末だ。
「ひまは誰に手紙出すか決めたの?」
鼻に鉛筆を乗せて遊んでいたら、隣に座るまひに声をかけられた。今日の授業も終わり、おれたちは図書館にやって来ている。今まひの言っていた「手紙」の宿題を片付ける為だ。
「どうしよっかなぁ、悩んでるとこ。母ちゃんとか誘うのもやだしなぁ」
「そうだねぇ、ひまの家柄だとちょっと悩ましいかも」
「駆は決まってんの?」
対面に座るもう一人の相席人――駆にも、声をかけてみる。駆はこちらを一瞥して、肩を竦めて見せる。まだ決まっていないらしい。
「日食もだけど、お祭りに招待したい人って、ちょっと難しいよねぇ」
まひが苦笑混じりに呟いた。
先生から出された、今週末までの宿題。「太陽の消える日曜日」、日食の瞬間と、その夜に行われるお祭りに誘いたい人へ手紙を書こうという内容。家族でも、友達でも。誰でもいいけど、特別な日を共にしたい相手に向けて、招待状を作る。
宛先に悩んでいるのは確かだったが、おれは一応誰に出そうかは何となく決めてもいた。
まひは誰に出すの。少しばかり期待交じりに訪ねる。
まひが少し照れくさそうにはにかんだ。
「僕、じいちゃんとばあちゃんに書こうかな。最近あんまし会ってないし」
「……ふーん。お父さんとかお母さんはいいの?」
「父さん達はその日も仕事だからね」
なるほど、と短く返事する。
まひの家は街の郵便局だ。手紙の配達だけでなく、街に配る新聞の製作なんかも請け負っている。日曜日に配達の仕事をしているわけではないと思うから、きっと日食の記事作りがあるのだろう。
届けに行く時は一緒に行くよ。そう伝えると、まひがにへらと笑って頷いた。
「俺も、一応決めたよ」
ずっと考え込んでいた駆が口を開く。誰にしたのかと聞くと、駆は頬を掻きながらこう答えた。
「こっち来る前に友達だったやつ。ずっと連絡してなかったから、招待状だけ出してみようかなって」
駆は今年度からおれ達の学校にやってきた、いわゆる転校生。以前住んでいた街のことや友達のことなど、そう言えばあまり聞いたことがなかった。
「いいじゃん。おれとまひで届けに行こうか」
「結構遠いぞ?」
駆はそう言って立ち上がると、図書館の本棚から一冊地図を持ってきた。今自分達が住んでいる街から、駆の昔住んでいた街へ辿る。電車が通っているから行ける距離だが、確かに少し時間はかかりそうだった。
「土曜日に行って、次の日来てくれるかな」
まひが腕を組みながら呟く。平日は学校があるから、終わってから行こうとすると遅くなってしまう。直近の休みは土曜日だが、その次の日が件の「太陽の消える日曜日」だ。そんな突然言われても、と。おれだったら思う気はする。
「まぁ、来てくれなくても別にいいんだ。何ていうか……とりあえず、今俺が元気なのを伝えたい」
「もしかして何か特別な仲だったの? 隅に置けないなー駆は」
そう言うのじゃねぇよと、駆が言いながら俺の頭を叩いた。
痛がる振りをしてみたが、駆がまた叩いて来そうだったので、両手を掲げて制止してみせる。
駆がため息を一つ吐いた。
「……野球、一緒にやってたんだよ。他にやってる奴いなくて」
「そうだったんだ」
「まぁ、今もやってるかは分かんないけどな」
そう言いつつも、たぶん駆は信じているのだろうと思った。だから手紙で、今も野球を続けていることを伝えたいのかも知れない。
お祭りに招待したいというより、今の自分のことを伝えたい。
「……とはいえ、手紙なんて生まれてこの方書いたことねぇから、どう書きゃいいかよく分かんねぇけど」
まひがふふっと笑って見せる。
「手伝うよ。一緒に文考えよ」
「出来上がった手紙はおれとまひで届けて来てやるよー」
そう言うと、駆はまた頬を掻きながら目を細めた。たぶん照れ隠し。「頼むわ」って、ちょっとぶっきらぼうに呟く。
それからは図書館の閉館時間いっぱいを使って、駆の手紙作りに耽った。まひは結構熱心に駆と手紙を考えていたが、おれはそんな気になれなくて、二人があーだこーだ相談しているのを横目で眺めていた。
(……手紙、誰に出そうかな)
気付けば少し、悩み始めている。
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