繋いだ手

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繋いだ手

 日曜日の朝は、目覚ましがなるよりも早く目が覚めた。夢を見たからだ。まひの夢。  まだ辺りは薄暗かった。暗がりに時計を見やれば、4時過ぎなのが辛うじて見える。いずれ日が射しはじめて明るくなるだろうが、まだ寝ていてよい時間だ。  夢のことを思い出す。まひが、隣にいることを確認する。口からよだれが垂れていて、だらしない顔。白い髪が変わらず綺麗で、その毛先に触れてみる。起こさない様に、慎重に。  そのまま手を握ったら、少しだけ握り返すような感触があった。  まひの熱を感じる。  変な夢を見たわけではなかった。一緒に海に行って泳ぐ夢。おれとまひにはよくある光景で、何も珍しいものでもない。  このまま、ずっと傍にまひがいてくれたらいいな。不意にそんなことを考える。他に何も望まないで、ただまひが隣にいてくれたら。それだけでおれは、どれほどまでに救われるだろうか。 (……家族仲は悪くないんだよ、駆。それは本当なんだぜ)  だけど、おれにとってはまひの方が大切だ。  起こしたくないけど起きて欲しい。気づかれたくないけど気づかれたい。おれと同じくらい、まひにもおれを必要として欲しい。大切だと思われたい。 どうしたら伝わるかな。分からないから、手を繋いだまま、また目を閉じて眠りに着く。  目が覚めてもまだ、繋がっていればいい。  淡い期待を抱きながら。 「……ま……ひま」  呼び声に、ぼんやりと目を開く。見慣れた天井は、さっきよりも明るくて鮮明になっている。朝が来た、らしい。 「おはよう、ひま」  まひの声。見れば、こちらを向いて横になるまひが映る。微かに微笑んだ。 珍しい目覚めだと思った。いつもならもう、朝ご飯の準備でもしてそうなのに。 「……起きるの、遅かったの? 珍しいね、ご飯作ってないなんて」 「ご飯はもう作ったよ」  置いてある。まひが事も無げに言うので少し面食らう。いずれにしても、隣でまひがまだ寝転がっている朝というのは、やはり珍しく思えた。 「手、繋いでたから。何となく戻ってきた」  珍しくて。まひが呟く。まひの言う通り、まだおれ達の手は繋がれたままだった。厳密に言えば一度離れているのだ  けど、また、まひが繋いでくれた。  胸が熱くなるのを感じる。泣きそうなのをこらえながら、その手を引く、まひに抱きつく。  まひ。呼びながら背中に手をやると、まひが「どしたの」と苦笑した。  まひにとっては、きっと軽い気持ちだったのだろう。それで構わない。それだけでおれは嬉しい。  まひの耳に触れる。まひがぞくっとしたのか肩を強張らせたのが分かる。次第にくすぐったくなったか、まひが耳を押さえてしまった。背中を撫でたら、まひが身を捩る。  ぎゅうっと抱き締めて、まひの背中に足を回して放さないで。 抱きつくのを止めて起き上がって。起き上がってきたまひを、支えるように抱き止めた。後ろ頭をわしゃっと撫でる。  本当はもっと触りたい。本当は、もっと――もっとどうしたいのか、おれには分からないけれど。それでもまひに触れていたい、離れたくない。  本当は足りていない。でも、そこまでは言えないや。言わない。引かれてしまう気がして言えない。何だかんだ怖かった。まひが離れてしまわないか、怖い。  まひにとってのおれは、あくまで……たぶん、「家族」だから。 「……そろそろ、朝ご飯、食べよっか?」  押し黙ってしまったおれを見かねてか、まひが苦笑気味にそう聞いてきた。頷いて答える。準備しないとね。今日はだって、「太陽の消える日曜日」だから。 「先に温めたりしてくるから、ひまは布団片しといて」  そう言い残して、まひが台所へ去っていく。生返事で返しながら、それでもすぐには動き出せなかった。  その背を見送りながら、おれは燻る感情を必死に押し留めている。
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