太陽の消える日曜日

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太陽の消える日曜日

 まひがじいちゃん達を迎えにいくと行ったから、後から合流する旨を伝えて別れた。行きたい場所があった。今日会えるか分からないのだけど、会いたい人がいる。  まひの家から歩いて十分くらいの所に、おれとまひと駆の学校がある。通学路は海が近いから、よくまひと一緒になって帰り道に泳ぐ。テトラポッドに登りながら、落ちないように前へ前へ進んで行った。  見えてきた学校の窓からは、光が漏れているのが分かる。誰かいる。先生はいるだろうか。会って話がしたい。  少し高い所にある窓をノックすると、別の先生が顔を出した。おれの先生がいるか聞くと、変わってくれた。休みの日なのに、何人も先生がいるのは少し不思議だ。 「今日はお祭りの日ですから、皆さんの様子を見に来てるんですよ」  出てきた先生は、開口一番おれの顔を見てそう言う。微笑みながら「どうしましたか」と聞くので、少しだけ言いたいことが詰まってしまう。  それでも、伝えるために来たのだ。深呼吸して、声に出さないと伝わらない。  先生、おれね。  それからは暫く、おれが一方的に先生に話をした。  手紙の宿題は完成しなかったこと――それを謝りに来たこと。  実は、はやいうちから書かずに置こうと思っていたこと。  書く相手が決められなかったこと――家族の誰かは違うなと、何故だか感じていたこと。  言い訳にしかならないなと思いながらも、おれなりの理由を先生に告げていく。  先生は何も言わずに静かに聞いていた。時々頷きはするし、表情も柔らかかった。でも、たぶん怒られるのだろうなと、おれはそう思いながら話していた。  後ろめたかったのだと思う。先生に何も言わずそのままにしておくのは、おれの中で許せなかったのだと思う。だから話しに来て、実際に聞いて貰いたくて――あるいは、怒って貰いたくて。  思いの丈をぶつけるように、少し早口で喋り終えた。  先生は暫く何も言わなかった。何か考えているようにも見える。やがて先生の口が開く。声が聞けるかと思ったが、それよりも先にそっと頭を撫でられた。  何故だか、少し泣きそうになった。 「陽丸くんは、本当はもう出したい相手が決まっているんではないですか?」 分かっているのではないですか。  先生の声には、決しておれを責めている様な色はなかった。 「本当は、一緒に日食を見たい人が、もういるんではないですか」  言葉に詰まる。先生を見上げたまま、何も言えなかった。先生が、また柔らかく頬笑む。 「その瞬間を共にしたい人、ですよ」  その一言で、おれは先生が宿題を出した日のことを思い出した。  ――きっと君達が大きくなれば、また日食を見られることはあるでしょう。  ――ですが、私達の街で、この仲間、家族、あるいは友達と共に空を見上げる機会は、きっと二度と訪れません。  ――その瞬間を、共にしたい人に手紙を出しましょう。  ――今の君達の思いを、大きくなっても思い出せるように。  形に残す、と。その時先生はそんなことを言っていた。いつか大きくなっても、この時を共にした思い出が、消えてしまわないように。  答えは初めから分かっていた。おれの中の思いは、きっと最初から一つだ。 「……そろそろ、時間ですね」  向かいましょう。先生が言うので、おれは短くお礼を言って駆け出す。元来た道を辿り、まひと約束した合流地点へ。  まひはじいちゃん達と待っていたが、おれの姿を確認するとこちらに駆け寄って来た。じいちゃんばあちゃんとは別々に動くつもりらしく、二人に手を振っている。 「いいの? 一緒に行かなくて」 「うん? だってほら、せっかくの機会だし夫婦水入らずの方が良くない?」  そういうもんなのかなぁと思いながら頬を掻く。まひがいいならおれは良いのだけど。 「おれと二人で良かったの?」 「何かまずかった?」 「いや、別にまずくはないけど……」  変なの、と。まひが口を尖らせる。 「僕は最初からひまと一緒に見るつもりだったんだけど、ひまは違うの?」  言葉に詰まる。思わず口元を押さえた。  にやけそうなのを隠しながら、「おれもそのつもりだった」と返す。  でしょ。そう返すまひはにへらと笑って上機嫌だ。 「はやく行こ、よく見える場所探さないと」  せっかちだなぁ。そう言いながら、おれはまひに手を引かれながら歩き出す。  おれの悩みなんて、ちっぽけだ。  また、そんなことを思う。  二人で海岸線沿いのテトラポッドに登った。座り込むと少しひんやりして気持ち良い。  海は静かだった。波の音もあまり聞こえない。穏やかな時間だ。穏やかに、少しずつ、待ちわびた時間まで流れていく。  少しだけ緊張していた。別に何かあるわけじゃないけど、何故だか、まひと二人きりで緊張していた。どうしてか自分でも分からない。分からないから、ただ空を眺めて気にしない振りをする。  やがて、その時間が訪れて、少しずつおれ達の街は暗闇に包まれて行く。  思っていたよりもずっと真っ暗になって、  暫く辺りは騒然としていて。  まひがおれの右手を握るから、たぶん少し怖いのだと思う。  まひ、と名前を呼んでから、座る場所を変えた。  まひの後ろに回って、後ろからまひに抱きつく。腰の辺りから腕を通して、まひの肩に顎を乗せる。  これなら安心でしょ。そう言うとまひは、ちょっと暑いとだけ漏らして、それ以上は何も言わなかった。  暗闇が続く内に、辺りの喧騒も次第に止んでいった。 声が止んで、静寂が辺りを包んで。闇に全て溶け込んだみたいだ。街も人も、消えてしまったみたいだ。  だけれど、確かにおれの腕の中にまひがいる。  その熱も、息遣いも確かに感じる。  だから何も、怖くない。  ――やがて光が戻り始めると、辺りから歓声が上がった。まひも息を呑んだのが分かる。おれも、いつもなら見えない太陽の形が何となく分かって、ドキドキしている。  まひがおれの手を握った。顔はこっちを見てはいなかったから、もしかしたら無意識かも知れない。  おれも握り返す。放さないように、離れないように。  名前を呼びたいのを必死に堪えながら、空を見上げる。  先生の言葉を思い出す。その瞬間を共にしたい人。おれにとっては、やっぱりそれは―― 「……光が、戻って来たね」  まひの声。頷きながら、おれはもう一度まひの手をぎゅっと握った。  あっという間だった。  けれど確かに、熱が宿るのを感じる。  少しずつ捌けていく人の波を横目に、おれとまひはもう暫く空を眺める。  また見れるといいなぁ。まひの声が耳に響いた。
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