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龍待つ海
この娘を初めて見たのは……えーっと、名前忘れた。
人が付ける名前はどうも覚えにくい。覚える気もないが、霊たちと話す時に少しめんどうだと思ってはいる。思っているだけで、覚える気はない。
宝のように大事され、城の外に出たことがないと言っていたこの娘にとって、わしと遊んだ時間というのはおもしろきものだったと言う。
そんな宝はと言うと……百聞は一見にしかず。わしが言葉で話して聞かせるよりも、見る方がずっと早く、そしてわかりやすい。
「ほんっとにふざけてる!」
白い尾びれを動かして、ぴちゃぴちゃと音を立てながら水面を叩く。そして口を開ければ、
「なんで王は行っちゃうかな? この国の王なんでしょ? ならもっと他にやりようがあるんじゃないの!?」
がみがみと声を荒らげて何かに怒っている。どうせ、この娘が怒るのはこの国のことだ。この国のことなどわしはこれっぽっちも興味がない。
「琉球は独立国なの。それを! なんで今更大和が来るわけ!?」
わしはこの国で生まれた。この国から出ることはないが、この国の政治だのなんだのはわしにとっては関係のないどうでもいいこと。
短き生の中で必死にもがき苦しむ人間など、わしからしたらただの道楽。わしを楽しませてくれればそれで良い。
「また宇喜也嘉がーとか言われちゃうじゃん! 空添の子孫ならちゃんとしなさい! 名誉回復しなさいよ!」
この娘もただの道楽であった。
わしを見つけた霊力が高く珍しい娘で少し遊んでやろう、そう思っていただけのはずだった。それなのに、この娘は人間としての短き生だけでは納まらなかった。
こんな人間は初めてのこと。もはや道楽などではない。わしにとっては……災難とも言えるだろう。
騒がしい娘のそばにいるのは最高の暇つぶしになるが、近頃の娘はこの調子でずっと声を荒らげている。
煩わしい。その言葉がぴたりと似合う。
「ちょっと師匠! 私の話聞いてる?」
「いつ終わるかを願いつつ聞くふりをしてる」
「師匠は私なんかよりもっとずーっと前からこの国を見てるんでしょ? 突然他の国が来て我が物顔してるのに何にも思わないの!?」
「特段何も感じない。わしはただの木の精だからな」
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