④冷たい心も体も温められて

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④冷たい心も体も温められて

「発情期のぶっ飛んだ柊もいいけど、俺は普段の柊の方がエロくて好きだわ」  自分で喋りながら中で大きくなったので、俺は目の前の男を軽く睨みつけた。 「や…めろ、そゆ…こと……言うの」  発情期のセックスとは違う。普段体を繋げるのは、気恥ずかしくてたまらないのだが、燿一郎は構わず俺を抱いてくるし、その方がいいと毎回のように言ってくる。  こいつの好きなんて言葉は好みの方で、感情などではないと思うと胸が曇る。それでもその言葉を聞いただけで、体は素直に反応した。 「お…締まった。やべ…イキそ……」  向かい合った体位は、お互いの顔が近くて、全て見えてしまうのが恥ずかしい。  だが、俺の中で感じて、熱い吐息を漏らしている燿一郎を見られるのは嬉しかった。 「柊…柊は?」 「んっ…俺も……」  深夜の公園まで燿一郎に会いに来てもらった後、とりあえず帰るぞと言われて、燿一郎の家まで連れて来られた。  燿一郎はマンションに一人暮らしで、さすが九鬼家の人間だけあって高級マンションの広い部屋だった。  まだ、荷解きもしていない段ボールが無造作に重ねてあるが、それが圧迫感を感じないくらいの広さだ。  部屋に入ったら俺はすぐに燿一郎に抱きついた。いつも求められるのは俺の方で、自分からそんな事はしたことがなかったのに、今日は無性に燿一郎の温もりが欲しかった。  燿一郎は何も言わずに俺を抱きしめて、ベッドに乗せてくれた。  そして、いつもの乱暴さは影をひそめて、もどかしくなるくらい優しく俺を抱いた。 「一緒にイキたい…」  そんな事を言う男ではなかった。いつも勝手に果ててしまうくせに今日はどうしたと言うのだろう。  俺があまりにも哀れに見えて、優しくしてくれているのだろうか。  それでもいい……。  心地良くて全部忘れるくらい感じられるから。俺はその優しさにすがり付いた。 「よう…ち…ろ…はぁ……ぁ…でる……イっちゃ……う」  ぐっと足を押し上げられて、深くグラインドしながらパンパンと腰を打ち付けられた。  燿一郎は俺のペニスを一緒に擦ってくるので、たまらない快感に目の前がチカチカと光って揺れた。  中で燿一郎のものが躍動しながら、俺の腸壁を擦っているのが気持ち良すぎて声が止まらない。  もう我慢の限界で、燿一郎の腕を強く握って俺は先に達した。白濁を勢いよく飛ばして自分の腹や顔に撒き散らした。 「っっ!!」  俺の中で燿一郎が爆ぜたのが分かった。ビクビクと揺れて熱い飛沫を感じた。  一滴残らず自分のものだというように、俺の腸壁はうねりながら燿一郎のペニスを締め付けて離さなかった。  燿一郎は気持ち良過ぎて死ぬなんて言って笑った。  男を後ろに受け入れてこんなに喜んでしまうなんて、もう以前の俺には戻れない。  それにもう、以前の自分とは何だったのか、それすらも忘れそうになっていた。 「何だよそれ。オメガだからいらないって……物じゃないんだから」  行為が終わった後、すぐにシャワーを浴びる気になれなくて、適当に拭った後、二人でベッドに転がった。  もうすぐ日が昇るかもしれない時間だが、目が冴えてしまい眠ることができなかった。  燿一郎も同じのようで、当然と言えば当然だが、深夜になぜ呼び出されたかの話になった。 「お前の家も相当キテるけど、まぁ俺ん家も似たようなもんだ」 「九鬼家か、政治家系の名門だから厳しそうだな……」 「俺は九鬼の人間だという自覚はない。妾腹の子だからな」  驚いて燿一郎の顔を見ると、燿一郎は慣れているのか自嘲的に笑っていた。 「俺の母親はオメガで、長いこと親父の愛人をやっていた。子供は姉と俺の二人、ずっと三人で小さくて狭いアパートで暮らしていた。俺が中学の時、本家の妻が死んで母親が後妻に昇格した。同じ親父の子でも本家の子とはあからさまに差別されて、俺達は除け者で、薄汚いケダモノだと言われ続けたんだ。まあ、それで俺は荒れて海外に飛ばされた。だが、九鬼家の力を俺が一番継いでいると分かった途端、日本に戻されて周りは手のひらを返したように構い始めて、うんざりしてるところだ」  燿一郎を巻き込む複雑な事情に胸が痛くなった。ふと頭に思い浮かんだのは、父親が会いに行くオメガの女性だ。  子供はいないと聞いているが、もし父との間に子供がいて、母親が死んでその人が新しい妻になると言われてたら、俺は納得できるのか。  想像もできないし、考えたら頭が痛くなった。もちろん歓迎はできないし、受け入れたくない。俺はそいつに近寄りもしないだろう。  しかし燿一郎とて、自ら生まれる環境を選ぶことなどできなかった。  親達に振り回されているというところは、俺も燿一郎もよく似ている。  だから、こんな気持ちになるのだと思った。  燿一郎の胸に頭をねじ込んで抱きついた。こんな甘えるようなことをするのは俺らしくない。  それでも、冷たい体同士の俺達が触れ合うことで、こんなにも温かくなるのだと実感したかった。  無言で抱きつく俺を燿一郎は上から包んでくれた。まるで傷を舐め合うみたいに俺達は抱き合った。  休みだったので、二人で昼過ぎまで爆睡して、のそのそ起きたら行くぞと言われて燿一郎に連れられて町へ出た。 「そういえば、俺に電話してきたのは、用事があったんだよな」  自分のことでいっぱいで、燿一郎から何か言われていたことさえスッカリ忘れていた。 「ああ、……ちょっと手伝って欲しいことがあってさ。人手が足りねーから、連れて来いって言われてて、あっあそこ、ついて来てくれ」  燿一郎が横断歩道の向こうに見えるお店を指差した。  そこはオープンテラスのお洒落なカフェだった。正装した男女がたくさん店に入っていて、やけに混んでいるように見えた。  人混みをかき分けながらカフェの中に入って行くと、キッチンの方から、こっちこっちと高い声が聞こえてきた。 「燿一郎! 遅いじゃない。もう、早く来てって言ったのに……」  キッチンからドリンクを片手に現れたのは、黒のカフェエプロン姿の女性だった。頭の上に髪の毛がちょこんとお団子のように乗っていて、くりくりした目でお人形のような可愛らしい人だった。 「悪い悪い……、ちょっと用事があって。ほら、言ってたヤツ連れてきたから」  お人形の目が俺を捕らえたと思ったら、もっと大きく開いて、助かるわ! と大きな声で俺の方に近づいて来た。 「私、茜って言います。お手伝いに来てくれてありがとう。あまりたくさんは出せないけど、バイト代と食事はあるからよろしくね」  両手を掴まれてブンブンと振り回す勢いで握手された。  俺は燿一郎を睨んだ。  手伝いなら別に構わないが、そういう話なら事前に言っておいてもらわないとこっちだって心構えがある。まったく不器用な男だと思いながら、こちらこそよろしくお願いしますと言って茜に向けて笑った。 「やっ…ば。リアル王子来ちゃった」  きゃーと言いながら茜が頬を染めたので、苦笑いするしかなかった。  話から察するに燿一郎と、このカフェの店長らしき茜は知り合いで、貸切パーティーで人手が足りない店の手伝いを頼まれて、頼みやすい俺に声をかけたという事だろう。  早速ギャルソンとして、黒いシャツと黒のエプロンという格好に着替えさせられて店の手伝いが始まった。  立食形式で、食べ物と飲み物は決まっている。足りなくなったものを運んで、終わったものを片付ける簡単な仕事だった。  俺は店の中を動き回っていたが、燿一郎は厨房で洗い物と調理の手伝いの担当になっていた。  厨房を覗ける小窓からチラリと燿一郎の顔を見ていたら、バチッと目が合ってしまったので慌てて目を逸らした。  俺は何をやっているのだろうとため息をついた。  深夜に呼び出して泊めてもらった身としては、これくらいの手伝いをすることは何とも思わないが、気になるのは燿一郎と茜の関係だ。  もしかしたら茜はオメガかもしれない。なんとなく同族の発するものというか、雰囲気を感じてしまった。  燿一郎はただの知り合いや友人に無茶なお願いをされて、心良く引き受けるのだろうか。  もしかしたら燿一郎の彼女なのか……。  そこまで考え始めたら、頭がぐるぐるしてきて、振り払おうとしてもなかなか消えてくれない。  もやもやしながら、グラスを運んでいたら、行く手に二人の女の子がスッと出てきた。 「あのぉ…お兄さんって、前からオゾンの店員さんですか?」  オゾン、と聞いてはてと思ったが、自分の着ているエプロン書かれた名前を見て、この店の名前なのだとやっと気がついた。 「いいえ。今日は臨時で手伝いに入ったんです」 「やっぱり! こんな素敵な人、見たら絶対チェックしてるもん! あの…これ、良かったら」  女の子二人組は俺のエプロンのポケットに小さな紙切れを入れてきた。  両手が塞がっているので、そのまま受けるしかない。  女の子達は手をひらひらさせながら、人々の輪の中に帰って行った。 「……おい、それ」  キッチンにグラスを置きに行ったら、燿一郎が目ざとくポケットから出ている紙片を発見して、サッと引き抜いた。 「ちょっ…俺が貰ったやつだぞ!」 「チッ…相変わらず、モテるな王子様」  多分個人情報が書かれていると思わしき紙を、燿一郎はポイっとゴミ箱に投げてしまった。 「おい、勝手に……」 「なんだよ……連絡する気なのか?」  ふざけた事をしてきたので睨みつけようとしたら、燿一郎は拗ねた子供みたいな顔をしていた。  怒ろうとしていたのに、不意打ちみたいな表情に怒りがスッと消えてしまった。 「連絡はしないけど、個人情報なんだからこっちだ」  ゴミ箱から紙片を取り出して、俺はキッチンの奥にある事務室にあったシュレッダーの中に紙を入れた。 「ははっ…律儀なやつだな」 「当たり前だ。これくらいはしないと……」  ホールに戻ろうとしたら、後ろから燿一郎が抱きしめて来たので身動きがとれなくなった。 「……おい。戻らないと」 「悪い……。嬉しくて……もう少しだけ」  燿一郎の掠れた声に心臓がドキッとしてしまう。まるで嫉妬されたような、大切にされている感覚がして、俺の中に浮かんできたのは嬉しいという気持ちだった。  俺達は恋人でも何でもないのに……。  こんな、感情は間違っている。  俺は高鳴る胸の鼓動を悟られないように、唇を噛んで、波が去ってくれるのをひたすら祈っていた。 「お疲れ様ーー! 食べて食べて」  茜の掛け声で、お疲れ様の食事会が始まった。すっかり人が消えたカフェの中、今日働いていたメンバーが集められて、余った食材を使っての豪華なまかないがテーブルに並んだ。 「ほっんとうに助かった! 柊くんありがとうね」  茜は花が咲くような明るい笑顔で、俺の腕に掴まった後、頭を下げてきた。 「そ…そんな、頭を上げてください。俺、大したことは……」 「十分助かったのよ。バイトの子二人バイクで事故っちゃって、二人とも足骨折しちゃってさー、大口のお得意様の貸切だったから断れなくて大ピンチだったの。ありがとうね。たくさん食べてね」  ぽんぽんと頭を撫でられて、食事を勧められてしまった。  まるで大人の女性の態度、茜はカフェの雇われ店長なのか経営者なのか。  見た目は女子高生と言っても通用する外見だが、いくつくらいなのだろうと不思議に思ってしまった。 「ったく、いつまでも子供扱いするし、柊にまで……、まったく、姉貴は……」 「え!? あっ…姉貴って……お姉さんなのか!?」  俺の驚いた声に、燿一郎の方が驚いた顔をして、知らなかったのかと言ってきた。 「知らなかった…って、何も説明してないだろう。俺は…てっきり……お前の…か…彼女かと……」 「は!? んなワケねーだろ!」  言葉足らずにもほどがある。ムッとした顔をしたら、口元に笑みを浮かべて目を細めた燿一郎が近づいて来た。 「なに? 嫉妬した?」 「なっ……!」  燿一郎が手を伸ばして来て、長い指が俺の口元を撫でた。 「期待させて悪いけど、お前がいて他の男と寝るようなクズじゃねーよ」 「期待なんて……」  まるでキスでもしているみたいに、唇をなぞられてゾクゾクとしたものが背中を這ってきた。  俺と同じガキのくせに、燿一郎は変な色気を出してくる。振り払ってしまえばいいのにできなかった。  期待なんてしていない。  茜が彼女ではなかったと知って、感じるのは間違いなく喜びだ。  他の人もいる打ち上げ場で、バカみたいに顔を熱くして、俺は燿一郎しか見えていなかった。  □□□
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