王女と龍の忘れられた名

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「これを言わせるのにどれだけ時間がかかったか」 「ちょ、私結構頑張って言ったんだけど!? そんな言い方なくない?」 「話せばすぐに済むことを、どれだけ長い間こじらせていたと思ってる」 「そ、れは……そうだけど……」  師匠が言ってることは正論すぎて反論の余地もない。 「空添は……王になったんだったな?」 「うん、私の夫を殺した仇の弟だからね。金丸(かなまる)、改め第二尚氏初代国王尚円王(しょうえんおう)を兄に持つ者。第二尚氏二代国王尚宣威王(しょうせんいおう)。それが空添のもう一つの名前。在位半年の王様だけどね」 「その、第二……尚氏? とはどういう者たちだったか?」 「……そこから!? 本当に師匠って人に興味ないよね!」 「娘以外のことは興味がなくてな」  これだけ人に興味がない師匠がなんで私のことをこれだけ気にしてくれるのか、いつまで経ってもわからない。わかる気もしない。 「第二尚氏ってのは金丸からの琉球の王のこと。その前、私の父上様は第一尚氏って呼ばれてるの。第一尚氏の祖は尚巴志王(しょうはしおう)。父上様含めて第一尚氏の王たちは尚巴志の血筋を持つ王たち。そして、第二尚氏は金丸の血筋を持つ王たち。金丸は百姓だったけど、父上様の臣下として認められたの。その後、私の弟に対して叛乱を起こして自ら王となった。それがただの百姓から王になった金丸って人」 「百姓から王に、か。その金丸とやらはなかなかに面白い生を歩んだらしい」 「確かに、師匠からしたらとっても面白いと思うよ。私は未だに大っ嫌いなわけなんだけど」  金丸が王にならなかったら、私は越来城で賢雄と幸せで穏やかな時を過ごしていた。死ぬまで賢雄の隣にいられた。  今でも金丸は恨めしい。金丸の妻、宇喜也嘉のことも恨めしい。二人への恨みの気持ちがなくなることはないけど、この恨めしい二人がいなかったら、私は空添と出会うことはなかった。 「宇喜也嘉が自分の息子を王にするための策略だったの。私が空添とまぐわることで、首里城にいてはいけない前王朝の血筋の私と関係がある。その事実が空添を苦しめた。自ら王の座を手放すという結果に追い込んだの。その後は越来城で殺されたんだって……私が殺したようなもの」 「それでも、娘はその空添とやらが大事だった」 「笑えるほど、おかしくなってしまうほど、空添のことが大事になってしまったの。阿摩和利様や賢雄よりももっとずっと……大事に想えた。想ってしまった。そして、初めて子供を授かった」  空添の名前を口にしてどんなことを想ったか言っただけ。それを言葉にしただけなのに、思い出すのも嫌だったあの子のことをこんなにもさらりと口にできるなんて。 「あの子がお腹にいたのは十ヶ月。そして産んでから三日。その十ヶ月と三日はあの子のことをとても慈しんだ。小さい手に触れると一生懸命に私の指を握ってくれた。この子を大事にしたい、どんな目にあっても守ってあげたい、この子の成長を見守りたい。そう思ってたの。あの三日間はとっても幸せだった。私が人として過ごしてきた中で一番幸せで充実した日々だった。でも、四日目の朝に私はあの子をこの手で殺した」  今でも覚えてる。  私があの子の首に体重をかけた時、弱い力で必死に生きようともがいたあの子のこと。私の手をどかそうと小さな手で私の手に何度も触れたこと。どこにも届かない短い足は虚空を蹴っていた。  とても短いような長い間、あの子はもがいた。そして動かなくなって、冷たくなっていった。  大事な人との間に生まれた愛しいわが子。その子の命を私が奪った。 「悪いことではない、わしは初めにそう言ったはずだ」  師匠の声があまりに優しくてどうしてだろう、と思ってからすぐに理解した。  知らない鬱に泣いてた。手に落ちた涙で気付かされた。
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