青春の鼓動 ~僕たちの昭和~  第一巻

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第二話  入学    話は前後するが、圭司が小学校に上がったのは昭和32年。 入学した鳴海小学校は、明治7年(1873年)創立。愛知県でも古い部類に入る公立小学校で、圭司が在学していた当時は、愛知郡鳴海町立鳴海小学校であった。 彼らの年代が卒業した昭和38年、愛知郡鳴海町が名古屋市に編入されたのに伴い、名古屋市立鳴海小学校と改称する。 昭和20年4月生まれ(六年)~昭和26年3月生まれ(1年)と戦後のベビーブームの子供達が小学校就学年齢真っ只中で、どの学級も60人近い児童を抱え、一年は7クラスだが二年より上はそれ以上のクラス数で、全校児童数は、3000人にも及ぶマンモス校である。 明治創立の伝統校なので、校歌も古めかしい古文調。 。      一番 ♪我が学び舎の友がきは(わがまなびやのともがきは)  自律の太刀の緒を締めて(じりつのたちのおをしめて)  誠の旗を翻し(まことのはたをひるがえし)  いざ諸共に励みなん(いざもろともにはげみなん)        二番  ああ古の鳴海潟(ああいにしえのなるみがた)  今は文化の波をなす(いまはぶんかのなみをなす)  砦の松に棲む月の(とりでのまつにすむつきの)  光に心磨きなん(ひかりにこころみがきなん)♪ 一年生はもとより六年生でも解るかな?という代物で、それを丸暗記で歌わされていた。 江戸時代の論語や戦前の教育勅語等の、丸暗記教育の名残である。 そんな訳の分からない校歌を聞かされた入学式が終り、各学級別に分かれての初授業。 圭司の学級は1年7組で、担任は黒ぶち眼鏡の早川尚俊(なおとし)先生。 総勢58人のクラスである。 学校敷地内の一番西側にある平屋の校舎の更に最西端の一室に58人は集まり、二人一組の小さな机に、自分の名前がひらがなで書かれた席に、少し緊張の面持ちで座っていた。 廊下側の前から五十音順で、それぞれの席の右側が男子、左側が女子の並びになっていた。 早川先生の自己紹介の後、一人一人の名前を読み上げて児童が返事を返す、恒例の〝初出欠簿確認〟があり、それぞれの可愛い返事を聞いた後、先生が話し始めた。 座席の後方はお母様方で一杯。今と違って夫婦で参加というのはないが、それでも58人は大変な人数で、後ろだけでなく廊下側にも窓側にも参観者がいて、正にごった返していた。 早川先生「これ何~だ?」一番前の席の子の持ち物を取り上げて、皆に聞いた。 「カバン!」ほぼ全員がこう応えた中、唯一人「ランドセル!」と答えた子がいた。圭司だ。 何故皆が『カバン』と言ったのか、圭司は全く理解できなかった。 家では普通に喋ってた言葉が、ここでは通じないことが、とても恥ずかしくて赤面である。 「お、松山くん、ハイカラだね!」早川先生、眼鏡の奥の優しい目で圭司に語りかけた。 「どっちも間違ってないよ。外国語ではランドセル、日本語でカバン両方とも正解だよ。」 圭司の気持ちを理解して、早川先生しっかりフォローである。 『もしかしたら、幼稚園に行ってない所為で、みんなと違うこと言ってしまったかな?』と、 少しだけ、コンプレックスの様な感情を抱いたことを彼は記憶している。 それとも、戦後まだ五年、戦時中の〝敵国語禁止〟教育の名残か? 一年生でもう一つ忘れられない思い出は、初めての運動会のこと。 鳴海小では秋に大運動会がメーンイベントではあるが、春にもかけっこ会と言う競走だけを行う催しがあり、秋の大運動会に対して、春の小運動会と呼称していた。 入学後やっと小学校生活に慣れ始めた、五月のことである。 ここでもまた『運動会の歌』と言う応援歌が登場する。 ♪日頃鍛えしこの技を(ひごろきたえしこのわざを)  いざや試さん運動会(いざやためさんうんどうかい)  走れ早く空を掛ける(はしれはやくそらをかける)  鳥の如く跳べよ跳べよ(とりのごとくとべよとべよ)  すわや仲間を抜きたるぞ(すわやなかまをぬきたるぞ)  いざや勝ちたり万々歳(いざやかちたりばんばんざい)♪ 入学式同様、訳も解らず丸暗記の応援歌を歌って開会式を終えて迎えた初めての運動会。 その最初のプログラムが、一年生の徒競走だった。 男女別、背の低い順に、各クラス6人ずつに分かれてのかけっこである。 圭司にとって、これも幼稚園に行ってないお陰で初めてのこと。 そのスタートの順番を待つ間の緊張感と、それに伴う胸の鼓動。 彼の人生で最初に感じた、あのドキドキ感。 〝上がる〟という感情の初体験であった。 一組から始まって、最後の七組。しかも背の順なので、最終組だ。 圭司と同じ組で走るのは、大橋育夫君・太田秀夫君・横井修君・と吉本周平君。 1年7組は男子29名なので、最終組は5人で走る。 「何か、胸がドキドキせえへんか?」圭司は初めてなので、不安になって皆に尋ねた。 「うん、ドキドキだよ。でも、いつもそうだから。」大橋君が応えた。 幼稚園で経験済の彼らには、当たり前のことだったらしい。 圭司には、それがちょっと悔しかった。 結果は、見事一着。上級生に案内されて一番の旗の下に並ぶ。忘れ難い初めての感動だった。
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