青春の鼓動 ~僕たちの昭和~  第一巻

5/26

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
第四話  初恋 昭和34年、三年生になった。 入学してから初めてのクラス替えがあり、3年4組。 担任も土屋具視(ともみ)先生に変わった。 二年生までの早川先生に比べると、若いけどちょっと強面で怖い印象。 教室がザワザワすると、革製スリッパの裏側で教室の床を思いっきり叩いて「パーン‼」 その音で皆を鎮める、と言う特技を持つ先生である。 そんな中で、新しい友達もできた。それに、ちょっぴり淡い思い出も。 三年生になったばかりの或る日、圭司は二年生まで同じクラスだった小林章(あきら)くんと、そのご近所さんで遊び仲間の中野英雄(ひでお)くんと一緒に、彼等の家の近くにある幼稚園『みその園』の園庭で遊んでいた。英雄とは、3年4組で同級生になっていた。 圭司は幼稚園に行っていないので初めて入るが、彼等は卒園生なので保母さんも顔見知りらしく、慣れた様子で遊びまわっていた。 暫くすると、教室の窓から女の人の掛け声と手拍子が聞こえてきたので、そちらに目を移すと、白い服と真っ白なタイツをはいて、踊っている数人の少女の姿が目に飛び込んできた。 その幼稚園でやっている、バレエ教室だと英雄が教えてくれた。 その少女の集団の中に、どこかで見たことがある少女が一人いた。 英雄に聞いてみると「ああ、おるよ。同じ組の沖美津江(おきみつえ)だがや。」と言った。 圭司は思い出した。クラス替えの最初の日に、英雄と話している圭司のところへやって来て、 「松山くん、よろしくね!」と、 何故か妙に馴れ馴れしく声を掛けて来た、少し長めの髪の生意気そうな女子だ。 圭司は初対面だったが、英雄が沖美津江の幼稚園での同級生だったので、声掛けしたついでの挨拶である。 その子が、その髪をアップにして、後ろ髪を無造作にゴムバンドで止めて踊っている。 今で言うところの〝ポニーテール〟ってやつだ。 何だか全然違う人を見てるようで、ドキドキして胸が締め付けられるような、そこだけ光って見えるような、今迄感じたことのない感情に心が覆われてしまっていた。 『ああ、、めっちゃくちゃ可愛いがや‼』 初恋である。 その何日か後の席替えで、五十音順が身長順に変わり、幸運にも隣の席に座ることになる。              五月になって少し陽気が好くなってきた或る日、理科の授業か図工の授業か忘れたが、 水鉄砲を造ったことがあった。 近くの竹藪で切り出した太い孟宗竹を一節ごとに切って、その節の部分に小さな穴をあけた筒と、これまたその辺に転がっている木の小枝に、ぼろ切れを巻き付けた中押し棒で出来た、水鉄砲である。 折角造ったのだから、これを使って遊ぼうというのが子供心である。 主に男子、ではあるが・・・。 昼休みに、クラスを二つに分けて〝戦争ごっこ〟ということになった。 一つ目の組は圭司を大将とする組で、もう一つはこのクラス一のやんちゃ坊主、阪野寛(ばんのひろし)くんが大将である。 彼は、どのクラスにも必ず一人はいる、お調子者の目立ちたがり。 その上お金持ちの子供で、いつもお金を持っていて、よく同級生に駄菓子などを奢っていた。 その頃の子供の小遣いは、普通一日10円程度。 圭司などは貰えたとしても5円が精一杯で、普段は文無しなのが当たり前であった。 そんな時代に彼は、常に百円札を所持し、時には五百円札を見せびらかすこともあったのだ。 今日明日の飯をどうするかに困る松山家とは正反対の家庭環境で、目立ちたがりの上、人を見下す癖のある嫌な奴だったが、明るい性格とその財力のお陰で結構人気はあったのだ。 そんな彼の取り巻きと、それを好としない圭司を中心とする〝アンチ寛派〟の戦いである。 子供の遊びの常として、始めのうちは楽しそうに水鉄砲で戯れていたのが、時間の経過と共に気分の高揚を引き出して、気が付けば両チーム必死、共にびしょ濡れ状態となっていた。 人数的には寛チームが圧倒しているのだが、対する〝アンチ寛派〟は、どちらかと言うと、運動能力や体力に勝る子供が多い〝少数精鋭〟なので戦いはほぼ互角の様相を呈していた。 そんな中、我がチームの中野英雄は、相手の大将・寛が鉄砲の水補充の為に、引き返す後姿を見逃さず、勢いよく飛び出して追い付き、 「ヒロシ、覚悟!」と叫んで水鉄砲を向けて身構えた。 「えっ!」ビックリして寛は振り向いた。 その刹那、寛の顔面に向けて水鉄砲が発射された。 「ギャアー‼」寛は眼を押さえていた。 「なにすんだ―‼」大声で叫びながら英雄に殴りかかっていった。 これをきっかけに、両軍入り乱れての大乱闘に発展してしまったのだ。 こうなると、体力・運動能力に勝る圭司組の敵ではなく、寛組は完敗となってしまう。 屈辱的な敗北を喫した寛。 悔しくて悔しくて堪らなかったのだろう。 いきなり走り出して教室に入るや、相手の大将・圭司の机に一目散。 その机から教科書、ノートを取り出してビリビリに破り始めたのだ。 「なにすんだ―、この野郎‼」今度は圭司が大声で叫びながら、寛に飛び掛かっていく。 大将同志〝組んづ解れつ〟の大喧嘩である。 そこでも体力差は大きく、最後は蹴飛ばされて完敗のヒロシ。今度は本気の大泣きである。 一方の圭司、 『ヒロシなら教科書やノートなんてすぐに買って貰えるだろうけど、俺にとっては・・・。』 そう思うと何だか悔しくて情けなくて、大粒の涙がボロボロ。こちらもまた大泣きである。 当然その後、土屋先生からは大目玉。 〝喧嘩両成敗〟と言うことで、寛と圭司は二人廊下に立たされていた。 その二人っきりの廊下でのやり取り、 ひろし「圭司、ごめんな!カッとしちゃってよー、教科書はやり過ぎた。弁償するよ。」 圭司「おれもやり過ぎたわ、蹴飛ばしたりしてごめんな!」 そんなこんなで打ち解けていく二人。 終(つい)には、教室に笑い声まで聞こえる始末。 それを聞きつけた土屋先生、 「お前ら何じゃ‼ついさっきまで、大喧嘩しとったんじゃないのか?」 「それじゃ廊下に立たせる意味ないわ。さっさと授業に戻れや!」 もしかして、これって土屋先生の狙い通り?   授業に復帰してからは、隣の席の沖美津江ちゃんに教科書を見せて貰うことになった。 『このまま、教科書無くてもええか?』少し幸せな気分を味わう圭司。 『ひろし!ようやってくれたがや‼』その日から、阪野寛くんとは親友になっていく。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加