第ハ章 ― 二十六夜 ―

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 綴られた、赤の書の最終頁を目に晴は微笑みを浮かべる。  和花が笑いながら語っていた会話を遮ったが、同じ部活の同級生が彼氏のマフラーのデザインに小人を編んでいた事から、幸せな『こびとの国』を創ろうと真剣に語る彼女の事を思い出していた。 「僕にはとても想像できない、和花らしい発想だ。 でも……、有かも知れないな」  セシルとジョゼフが地上での生活を行い、再び悪い人間の目に触れる事を和花はとても案じていた。その気持ちから晴は、彼女の願いに賛同したのだった。 「ゴホ……、ゴホゴホッ」 『早くしないと、そろそろ僕の時間も尽きそうだ――』  晴は横たわる身体を再び起こすと、咳を堪え『青の書』へと手を添えた。 「これが僕が綴る『青の書』最後のページ。セシルとジョゼフ、二人ならきっと乗り越えられる未来がある。 だから……、 和花――、 最後は僕自身が望むわがままを綴らせてもらうよ」  晴はそう呟くと瞼を閉じ心からの願いを綴る。  『青の書』 ― 最終頁 ― 【『赤の書』を所有していた七瀬和花に――、将来素敵な異性と出逢い、彼女が生涯幸せに過ごせる人生を与えたまえ】  晴が持つ『青の書』最終ページへ、鮮明なその文字が現れた直後。 『ドッ、ドンッ――』  彼の心臓を鷲掴みする様な激痛が走り、周囲は暗闇の世界へと化す。  晴の目の前に姿を現したのは西洋の色鮮やかなドレスを着込む若き可憐な女性、セシルの姿――。  彼女は晴の元へと駆け寄ると抱擁を交わし頬へキスをする。 「晴……、本当にアリガトウ。 ジョゼフの姿があの頃の彼の姿に――」  透き通る青いセシルの瞳から零れ落ちた宝石の様な涙。それはこれまで晴が目にしていた哀しみに満ちた雫ではなく、ほんのりとあたたかみを感じさせるうれし泣き。 「お礼を言わなければいけないのは僕の方だよ。どんな過去があろうとも、これまで『青の書』を手にした汚れた人間の心に染まる事の無かった君に僕は救われた。ジョゼフが元の姿を手にしたのも、セシル、君が彼を愛し続けた想いがあったから――、 ジョゼフと、必ず幸せになってください」 「アリガトウ……」  そう告げたセシルは、『青の書』の番人としての最後の仕事である。千年後に『青の書』を所有する事となる継承者を指名する様、晴に告げた。 「はい」  晴は背筋を伸ばし最後の言葉を発した。 「『青の書』番人セシルへ告げる! 僕が千年後に『青の書』の継承者として指名する者とは――」  セシルは告げられたその言葉を耳に、涙を流しながら受け止めると、晴の手に持つ『青の書』を受け取った。 「サラサラサラサラ――」 ― 千眠番人の書 ―  暗闇の番人の空間に(うごめ)く一つの影は、自らの事を救った一人の青年を見つめ手にした一冊の書を開き行筆(こうひつ)する。 『青の書』最後の頁を綴りし晴より、『青の書』を戻し受けたし。 ― 青の番人 セシル ―    『ドッ、ドドンッ――』  再び強い衝撃を胸に受けた晴は、元の世界へと戻ると同時に気を失いベッドへと倒れ込んだ。            
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