― 最終章 ― 

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 文字を目にした直後、蘇る五年前の記憶――。  まだ十七歳の幼さが残るショートカットの女の子。バレー部所属の彼女はいつも大きなスポーツバッグを背負っていた懐かしい記憶。 『同姓同名か……、 和花、元気にしてるかな――』  幸せそうな微笑みを浮かべ晴はゆっくりとICタグを手に立ち上がった。 「七瀬和花さん」  カードの名を呼び新入社員へと差し出す。 「……」  おかしな事に彼女は返事やお礼を告げる事もなく、入室する気配もない。 「あっ、そのタグをこの銀色のBOXにかざすと入室出来るからね」 「晴……」 「ピッ」  ほら、こんな音が……。  背負向け自らのICタグを利用し入室方法を指導する彼の耳に電子音に紛れ間違いなく聞こえた懐かしい声。 「晴っ! もう、一体いつになったら気が付くのよぉ」 「えっ……」  振り返り見つめ合う眼差し――、セミロングの艶やかなナチュラルブラウンの髪。大人びた雰囲気の綺麗な女性社員の表情を見つめ鼓動が高鳴る。 『ドクッ……、ドクッ……』  いつまでも驚いた表情のまま動かない彼の態度に、和花は微笑みを浮かべる。 「柔らかな眼差しで笑う彼女の姿に、遠い記憶が蘇る」 「和花……、えっ……」 「気が付くの遅いぞっ、晴っ」 「だって……、こんなに綺麗に――」  バレー部所属故のボーイッシュなショートカットの高校時代から長く伸びた髪と、メイクの効果もあったせいか和花はすっかり大人の女性へと変化していた。  和花は晴の左手をギュッと握りしめると、薬指を見つめ嬉しそうに微笑みを浮かべる。  彼女は高校卒業後、父と晴の影響を受け、次世代AI専門学校へと進学し、様々な技術を習得していた。 「晴と一緒に仕事がしたくてこの会社選んだのっ」 「ええっ!」  晴は慌てた様子で言葉を発しようとした時――、 「ピッ」  和花は、嬉しそうに室内へと逃げてゆく。  第二会議室に用意された、新入社員専用の個人用ノートパソコンをそれぞれ手渡すと、社内サーバーへのアクセス権限とセキュリティーの説明を行う。 「五十嵐さん、すみません。少し分からなくて――」 「和花はそう晴に声をかける」 「あっ、少し説明早すぎたかな」  晴は和花の背後からノートパソコンの画面をのぞき込むと、彼女は全てやるべきことを終えていた。 「カチッ」 『えっ……』  彼女がクリックした画面には、一枚の空白の紙切れが映し出され、ゆっくりと文字が表示された。 【今夜十九時、岬坂公園、想い出の場所で待ってます】 『あっ……』  突然の誘いに晴は戸惑いながらも、他の社員には気が付かれないように声を上げた。 「あっ、ここね。えっと、こうやって」  晴は和花の背後から指先を伸ばしキーボードへと文字を打ち込む。 【わかった】 「これで大丈夫」 「あっ、すみません。ありがとうございました」  慌ただしい時間を過ぎ、二人は別々に会社を後にした。
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