序章 女官、婚約を破棄される

2/3
前へ
/155ページ
次へ
 女としての幸せとか、不幸とか。そういうの今日で全部どうでもよくなった。結局、私一人張り切って、私一人頑張って。結婚資金だって、必死に貯めていたのよ? なのに、ふたを開けてみれば婚約を解消させてほしいだなんて、彼はとことん勝手すぎる。 「……サマンサ。僕は、本当の恋をしてしまった。わかってくれ」  そんな戯言を言って私をまっすぐに見つめてくるのは、私の婚約者「だった」男性である。銀色の短い髪と、真っ青な目をしているその男性。髪の毛も、目の色も。とてもきれいだと思って、私はそんな彼が好きで。でも、今はただ汚らわしいという感情しかない。真摯に料理に打ち込んでいるところが、好きだった。だけど、今はそんなところさえも嫌いだ。  彼に「好き」だと言われて、告白された時はとても嬉しかった。私は天にも昇るほど幸せな思いだったことを、よく覚えている。そして、半年前にプロポーズされた時も。 「……その、サマンサ。キミのことを好いていたのは、間違いだったんだと気が付いたんだ。一時期の、気の迷い」  ……何よ、それ。私は彼のそんな言葉を聞いて、開いた口がふさがらなくなりそうだった。私の元婚約者の男性の名前はハミルトン・シーリーという。この王宮の料理人見習いだ。そんなハミルトンの隣には、意地の悪い笑みを浮かべながら彼に寄り添う一人の少女が。女性と少女の間の年齢のその子のことを、私はよく知っている。いいや、知らないわけがない。だって、彼女は――私の同僚の女官だから。 「僕の本当の運命の相手は、マーガレットなんだ。いろいろと仕事の相談に乗っているうちに、僕は彼女に惹かれていた」  ……知っていますか? その子、仕事をしないって女官内で有名なのですよ? そう思ったけれど、伝えるつもりにはならなかった。どうせ、何を言ってもハミルトンには私の言葉なんて響かないだろうから。ハミルトンはマーガレットさんに惚れこんでいるだろうから。すこぶる女性受けが悪くて、人の彼氏や婚約者に手を出すと有名な、意地の悪いマーガレットさんに惚れこんでいるのだ。 「……わかりました。では、さようなら」  だから、私は最後ににっこりと笑ってそう言ってやった。……本当に、好きだったのにな。ハミルトンのことは、心の底から好きだった。初恋だった。真摯な人だと思っていたのに、まさか浮気をするような人だったとは。まぁ、正式に結婚する前にわかってよかったのかなぁ、なんて。
/155ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1278人が本棚に入れています
本棚に追加