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「それにしても……その、なんでいきなりそんなことを言い出したのよ」
とりあえず、話を逸らしたい。そう思った私は、父親にそう尋ねた。その言い方だと、伯爵家には元から余裕がないみたいだった。それに、「孫娘を後宮に送り込もう!」なんて突然ひらめくことではないだろうし。
後宮に令嬢を送り込み、問題を起こさずに一年間お勤めを果たせば実家に多大なる援助が入るというのは、貴族社会では割と一般常識のようだし。ちなみに、この決まりは妃候補が問題を起こすことが少ないように、ということで作られた決まりらしい。妃候補たちは互いにけん制し、王子妃になろうと奮闘している。だけど、中には直接的にライバルを蹴落とそうと攻撃する人もいるのだ。そういう人を少しでも減らすために、この決まりは作られた。
「……いや、爺さんと婆さんには前々から頼まれていたんだ。だが、サマンサには婚約者がいただろう? 二人の間を引き裂いてまですることではない、と思っていたんだが……」
あぁ、つまりはそういうことね。私が婚約を解消されてしまったため、父親は私にこのことを告げることにしたのだろう。……そりゃあね? 困っている人がいたら助けてあげたいとは思うわよ? たとえ、それが一度も会ったことのない祖父母だったとしても。でもさ、後宮なんて自ら望んで入る場所じゃないわよ。私はあの場所の近くで働いているからよくわかる。嫉妬、陰謀、女同士の醜い争い。王子様に選ばれたいという気持ちは……まぁ、分からないこともない。でも、だからってライバルを貶めるということはしないでほしい。だって、それが一番問題になって女官たちに迷惑が掛かっているのだから。
「どうだ? サマンサ。爺さんと婆さんを助けるとは思わなくてもいい。父さんを助けると思って行ってくれたらいい。……俺もな、そろそろ冒険者業を引退するかと思っているしな。もう、年だし……」
「何よ、それ。まぁ、それはいいわよ。そりゃあ、父さんも年には勝てないわよね。でもね、私が後宮に入れると思う? 貴族の令嬢としての教養なんてちっともないのよ? こんな私が後宮に入っても、それこそ祖父母の恥さらしよ」
後宮に入る貴族の令嬢には、そこそこの教養が求められる。だけど、私は今まで冒険者の娘として生きてきた。女官として生きてきた。なので、いきなり貴族の孫娘として生きていけなんていわれたところ絵、出来るわけがないのよ。
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