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「……サマンサ様、考え事ですか?」
そんな私の内情が、バレてしまったのだろう。ノア様は、怪訝そうな表情で私にそう声を掛けられる。……誤魔化すのも、無理がありそうだ。私はそう判断して、少しぎこちない笑みを浮かべた。こういう時、普通の令嬢ならばうまく誤魔化すのだろうな。そう思うけれど、私には出来ない。
「えぇ、ちょっと。昨日、いろいろありまして……」
美味しいお茶と、お菓子。それがあるのに、いまいち集中できない。目の前にいらっしゃるのは、ハイデン様ではなくノア様だというのに。そう思い私は、ただ俯いて揺らめくお茶の水面を見つめていた。そこに映るのは、特別美しくもなければ可愛らしくもない素朴な女。なんだか、自分で言っていて惨めになるのだけれど。
「……そうですか。まぁ、人生いろいろありますからね」
ノア様はそんな私の言葉を、否定されることもなく静かにただそれだけをおっしゃる。そして、おもむろに立ち上がられたのか、椅子の動く音がした。何処に行かれるのだろうか? 私はそう思うけれど、ノア様は私のすぐ隣に来られたようだった。
「でも、正直に言えば俺はあんまりいい気分じゃないです」
……そりゃそうだ。それが分かっていたから、何も言えなくなる。ただ、ノア様から視線を逸らすために俯くのに必死だった。一緒にいる方のことではなく、別の方のことを考えるのは、間違いなく失礼。分かっている。でも、今私の心はノア様のことを考えられない。
「……ねぇ、サマンサ様」
切なげに名前を呼ばれて、私はハッとして顔を上げる。すると、私とノア様の視線がばっちりと交わった。その時のノア様の表情は、何処か悲しそうなものだった。
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