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「はじめてのお使い」
エリカ5歳
真子はいくつものアルバイトをしていた。忙しい毎日である。
バイト先の後輩が体を壊し、急遽ピンチヒッターで仕事に入る事になった。
他に予定していたアルバイト先は、休みを取る事が出来た。しかし、預かっていた事務所のカギはどうしても時間までには届けなければならなかった。
距離は僅か500メートルほど。
交差点を3つ越えれば直ぐ。
真子「でも、どうやって。 頼める人は誰もいない」
浮かんでくるのは、あの顔。
すぐにかき消す。
でも、また、浮かぶ。
真子「あ~ん、もう!仕方ない!」
真子は覚悟を決めた。
すぐにエリカを呼んで事情を話し、お使いを頼んだ。
真子「いい!これは緊急事態なのよ!
それと、近所の人に絶対見つかってはダメ!。失敗は許されないわよ!」
エリカ「ラジャー!大事な任務、全力でがんばります」
変な親子である。
真子はエリカにお使いを頼み、家のカギと事務所のカギを渡した。
そして、アルバイトに出かけた。
その後、
“キョロキョロ”
近所のおばさん達に見つからないように……。
エリカも家を出た。
事務所のカギは肩掛けカバンに、家のカギはポストに入れて出かけた。
ここで、「5歳の子供に。しかも、あまり表に出歩かない子供に」と、思われる方も多いと思うが、エリカは天才である。
中学生ぐらいの知識と一般常識は身につけている。
一度見た物は全て覚えているという能力の持ち主でもある。
人目を避ける為に、エリカをあまり表に出さなかったが、真子が休みの時は、時々エリカを連れて出かけていた。
人の少ない早朝から、夜遅くに帰って来るという事を何度かしていた。
郊外の公園や山、川など、知り合いに会わないように気を付けながら、エリカを太陽の下で遊ばしていたのである。
交通機関や買い物など、実社会を体験させる事もしていたのである。
エリカは、ルンルン気分でいた。
お使いは簡単だったが、はじめてのお使いに浮かれていた。
しばらくして事務所に着いた。
無事にカギを渡す事が出来た。
「任務完了!」
後は真っすぐ帰るだけだったが……
家から二つ目の交差点で事故が起こったようだ。
自動車が人をはねたようだ。
事務所へ向かったエリカが通り過ぎてからの事だった。
一歩間違っていれば、エリカも巻き込まれていたかも知れない。
数人の人だかり、救急車を呼んでいるのか、携帯電話で話している人もいる。
一人の男性が倒れている。
自動車に跳ねられた人だ。
そこから少し離れたガードレールにおじさんが座っていた。
エリカは近づいた。
エリカ「おじさん、どうしたの?
泣いているの?」
おじさん「……」
エリカ「ネ~、おじさん」
おじさん「お嬢ちゃん、私が見えるんですか?」
エリカ「うん」
おじさん「そう、見えるの?。さっきから叫んでいるのに誰も気付いてくれないんだよね」
エリカ「そうなんだ」
おじさん「あそこに倒れてるの私なんだよね」
おじさん「私、死んじゃったのかな?」
エリカ「……」
しばらく沈黙が続く。
エリカ「じゃ。私帰るね!」
おじさん「ちょっと待ってよ!せっかくお話しが出来たんだからもう少しここに居てよ!」
エリカ「……」
エリカ「分かった。もう少しだけよ。」
おじさん「ありがとう」
おじさん「お嬢ちゃん、お名前は何て言うの?」
エリカ「私はエリカ」
おじさん「エリカちゃんて言うの、いい名前だね」
おじさん「あのー、エリカちゃん。悪いけど、一つだけお願いを聞いてくれないかな?」
エリカ「……」
おじさん「あそこにさー、私のバッグが転がっているんだけど取ってきてくれないかな?」
エリカ「どうして?」
おじさん「凄く大切な物が入っているんだよ。最後のお願いだから……」
おじさん「死んじゃっている私が最後のお願いって言うのも変だけどさ。」
おじさん「実は、私ここから動け無いんだよね。さっきから動こうとしているんだけど動け無いんだよね。いわゆる地縛霊ってやつかな」
おじさん「ほら、斜め対角の信号機の下に女の人が立っているだろ。さっきからこちらをじ~っと見ているけ
ど、どうやら彼女も地縛霊であそこから動けないようなんだ」
おじさん「私もこの先、ここから一歩も動けないんだと思うと悲しくてどうしようも無いんだよ」
おじさん「だからお願い。助けると思ってバッグを持って来て」
エリカは「ハァ~」と思いながらも。
エリカ「分かったわ。バッグを持って来るね!」と
返事をした。
エリカはバッグを取りに行った。
バッグは、おじさんが倒れている所から2メートルほど離れた所に落ちていた。
エリカは誰にも見つからないように気を付けながら、そうーっと持って来た。
エリカ「はい!おじさん」
おじさんはバッグを取ろうとしたが取れなかった。
幽霊であるおじさんには、バッグは取れなかった。
おじさんは悲しかった。
おじさん「エリカちゃん、悪いけどバッグを開けてくれない。」
エリカはバッグを開けた。
中には、財布・携帯電話・ノート・ペン・カメラ・ハンカチなどが入っていた。
おじさん「エリカちゃん。そのカメラを出してくれないかな?」
エリカはカメラを出した。
初めてカメラを触った。
古い型のポラロイドカメラである。
ゴツゴツしていて、キラキラしていて、少し興奮していた。
おじさん「エリカちゃん、心霊写真て知ってる?」
おじさん「おじさんがここに居ること、誰も気付いてくれないし、おそらく家族も気付いてくれないと思うのよね。もしかしたら、そのカメラで私を撮ってくれたら写るかもしれない」
おじさん「だからお願い、私を撮って!」
エリカ「うーん。どうしようかな?エリカ、上手に撮れるかな?」
エリカは、一度でいいからカメラで写真を撮ってみたかった。
エリカ「うん。いいよ。」
エリカはカメラの操作方法、機能、フィルムの入れ方などを教わった。
おじさん「そこのボタンを押すだけだからね。」
エリカはおじさんにカメラを向けた。
“カシャッ”
すると、下からフィルムが出てきた。
撮ったその場で写真が見れるという、発売当初としては画期的なカメラであった。
発売されたのは数十年前、今ではマニアの間でしか流通していない。
おじさんは、1ヶ月ぐらい前に自宅の倉庫を掃除していた。
老朽化が進み、今にも倒れそうだったから取り壊す準備をしていた。
その時、昔、親父が使っていたカメラを見つけたのである。
当時のカメラは高額だった為、何度も親父に頼んだが貸してくれなかった。
幼い頃の思い出が蘇ってきた。
直ぐに写真を撮ろうとしたが、フィルムが入っていなかった。
急いで、インターネットでフィルムを見つけ注文した。
それが1週間前にやっと届いたのである。
今日は朝からカメラを持って、近くの公園へ向かう途中だった。
しばらくすると、写真が浮かび上がってきた。
おじさん「ア~ッ!やっぱり駄目か!」
おじさんは、写っていなかった。
おじさんは、がっかりしていた。
見ていたエリカも少し悲しくなった。
エリカは考えた。
エリカ「おじさん、もう1枚撮るよ」
エリカはボタンを押した。
“カシャッ”
フィルムが出てきた。
しばらくすると写真が浮かび上がってきた。
今度はおじさんが写っていた。
おじさん「エリカちゃん、いったい何したの?凄いじゃない!」
おじさんは興奮した。
おじさん「ア~ッ、でもこの写真は駄目だな。これじゃただのスナップ写真じゃん。何も伝わらないよ」
おじさん「ア~ッそうだ!」
おじさん「エリカちゃん、カバンからノートとペンを出して」
おじさんは、ノートとペンを掴もうとしたが掴めなかった。
エリカ「……」
おじさん「エリカちゃんお願い。代わりに書いて」
エリカ「また、お願い~」
おじさん「これが最後だから」
エリカ「で…何て書くの?」
おじさん「私は死にました。でも、ここにいます。」
おじさん「突然の事ですみません。私は元気です」
エリカ「元気です。て書いてもいいの?」
おじさん「いいの、いいの!」
おじさん「エリカちゃん、そのノートを私の横に立て掛けて、もう1枚写真を撮ってくれる」
エリカは写真を撮った。
写真には、おじさんがノートを指さすポーズで写っていた。
おじさん「これなら家族も分かってくれるかな?」
おじさん「綺麗に撮れてるね。ちょっと顔色が悪いかな。幽霊だから仕方ないかハハハッ」
おじさん「エリカちゃん、ありがとう。無理ばかりお願いして悪かったね」
エリカ「いいのよ」
おじさん「後はバッグに全部しまって、元の場所に戻してくれるかな?」
エリカ「分かったわ。」
エリカはバッグにカメラとノート、ペンをしまった。
エリカ「おじさん、エリカのお願い聞いてくれる?」
おじさん「なんだい?」
エリカ「バッグを戻す前に、こっちを見ているお姉さんの所に寄ってもいい?」
おじさん「あぁ、彼女の所ね。いいよ!でも何で?」
エリカ「お姉さんも自分はここにいるって伝えたいと思うんだ。写真を撮ってあげたいの」
おじさん「そうか!そうだよね。彼女も好きであそこにいる訳じゃないものね」
おじさん「きっと家族に伝えたいだろうな~」
おじさん「私からもお願いするよ。彼女の元へ行ってあげて」
おじさん「エリカちゃんは優しいね」
エリカは“ニコッ”と笑って走って行った。
彼女の元へ着いた。
エリカは、カメラとノートを取り出し彼女に説明した。
彼女とのやり取りが一通り終えると、バッグを元の場所へ戻した。
エリカはおじさんの所へ戻ってきた。
おじさん「エリカちゃんご苦労さま。彼女、喜んでいたようだね。ほら、こっちを見て手を振っているよ!」
おじさん「ところで、彼女の写真はどうしたんだい?」
エリカ「お姉さんのいる信号機の下に、お花がお供えされていたの。お姉さんのお母さんが毎朝来てくれるんだって」
彼女は3か月前、ここで交通事故に合い死んでしまった。
まだ、15歳だった。
エリカ「それで、ノートに
“お母さん、ごめんなさい。そして、ありがとう”
と書いて、写真を撮ったの。
写真はお花の横に置いてきたの」
エリカ「明日、お母さんが気付いくれるといいんだけど……」
エリカ「お姉さんに泣かれちゃった。エリカも涙が……」
おじさん「エリカちゃん、いい事したね。私の事も含めて本当にありがとう」
おじさん「エリカちゃんの事、一生忘れないよ。また、エリカちゃんがここを通る事があったら、手を振ってもいいかい?」
おじさん「今の私には、友達はエリカちゃんと彼女だけだからね」
エリカ「うん、いいよ!」
そして、エリカはおじさんと別れた。
いつまでも手を振っている。
彼女も向こうで手を振っている。
エリカは少し嬉しかった。
人に感謝されたのは初めてだった。
そして、友達が出来たのも初めてだった。
この事は、真子には内緒にすることにした。
心配をかけたくなかったからである。
エリカの「はじめてのお使い」は終わったのである。
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