優しい手

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「そんなに悲しまないで」  聞こえないとわかっていても、言わずにはいられない。 「あなたたちがいたからとてもいい人生だったって、胸を張って言えるから……」  心残りがないと言えば、嘘になるけれど。 「みんなに愛されてるね」  肩に乗った左手に、私の右手を重ねる。 「私もあの子たちを愛してる」 「うん。彼のこともね」  キミが指し示した先には、私の夫がいた。  彼はただ静かに……私の(うつ)ろを眺めている。  その姿を見た瞬間、急激に未練がこみ上げてきた。   何十年もそばで支えてくれたのに。    私は、あなたを置いていくの?  手を伸ばせば届きそうだけれど……私たちの間には、無限の空間が広がっているようだった。  もう、引き返せないんだ。  離れることが、寂しくてたまらなくても。  お別れは、何度経験しても慣れないよ…… 「私を幸せにしてくれて……ありがとう」  光の中へ、私の涙が落ちていく。 「ありがとうございます」  穏やかな声が聞えて。 「あの人に言ってるの?」  隣へ視線を移すと、微笑みをたたえた横顔があった。 「うん。彼とは生きてるうちに話をしてみたかった」 「…………」  そんな世界が、あったなら。  もしも、キミが生きていたら。    私と穏やかな日々を送っていた相手は、キミだったのかな? 「これもただの願望だよ。事実は変えられない」  心の内を見透かすように、キミはゆっくりと(かぶり)を振った。
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