2.上司(元婚約者)と部下(自分)

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 ナタリーとローガの反応は、ヴァルラムにとって予想通りだったのだろう。  大の大人があからさまに喜ぶ様を見ても、彼は嬉しそうにするわけでもなく、驚くわけでもなく、それが当然といった感じだった。  次いで、表情を変えること無くリーチェに視線を向ける。 「あと、サンゴ染めに必要なサンゴの化石が手に入って、それもこの研究所で商品化できたら」 「サンゴの化石ですって!?」  今度はリーチェが悲鳴を上げた。  物凄い声量で窓ガラスがカタカタと揺れる。物珍しげに外から様子を伺っていた山羊のメコと鹿のナラは弾かれたように、どこかに消えていってしまった。  そして思わずクラーラは両手で耳を塞いでしまったけれど、ヴァルラムは顔色一つ動かさない。  ちなみにナンテンは、驚いてクラーラの膝から飛び降り椅子の下に避難している。 「そうです。草木染めとは違い、どちらかというとデザイン重視のものになりますが、良かったら使ってください」  ヴァルラムはおもむろに白衣のポケットからそれを取り出し、コトンとテーブルの上に置く。  クラーラから見ればただの灰色の塊にしか見えないが、リーチェにとっては金塊より貴重なもののようだ。  普段は、ツンとした表情を見せる彼女の頬は薔薇色に染まっている。 「......い、良いの?」 「もちろんです」 「......お、お代は?」 「不要です。差し上げます」 「本当に?やっぱナシは、無いわよ」 「もちろんです。是非使ってください」  場違いなほど真剣にヴァルラムがうなずけば、リーチェは潤んだ瞳で珊瑚の化石に触れた。 「ん......はぁ......あんっ」  両手でサンゴの化石を手に取ったリーチェは、聞く方がドキマギしてしまうような淫乱な声をあげる。  しかし、はしたないなどと咎める者はここにはいない。  いつの間にか温室を見る為に出窓に移動したナタリーとローガは、すぐさまリーチェに「良かったね」と目だけでエールを送っている。  もちろん、クラーラも同じく心の中で拍手をしている。  なぜならリーチェは事あるごとに、サンゴ染めがしたいと言っていた。  しかし、サンゴの化石は海を渡った遥か遠くの南国でしか手に入らない稀少中の稀少。こんな貧乏研究所では、年間予算を全部つぎ込んでも遠く及ばない。  それが”お近づきの印”的なノリで入手できたのだ。奇跡の瞬間を目にしたと言っても大袈裟ではない。  とはいえ、完璧に物に釣られた3人の研究員を見て、後輩のクラーラは切なくなった。  そんな中、今のところ、唯一ヴァルラムに買収されていないサリダンが、椅子にふんぞり返った状態で、おもむろに口を開いた。 「ところで、俺はあんたに聞きたいことがあるんだが?」 「はい。なんでも聞いてください」 「俺は人の善し悪しは、この質問でわかると思っている。黙秘は許さねえぞ、そして真剣に考えて答えろ」  まとめ役であるサリダンのドスを利かせた口調は、真っ向から対立する気満々の様子だ。  ここまで前置きをしてくれたんだから、きっと難題をぶつけてくれるに違いない。  そして、ヴァルラムに対して「俺はあんたを認めない」と突き放してくれることをつい期待してしまう。  しかし、その期待はある意味大きく裏切られてしまった。 「なあ、あんたは巨乳派か?それとも貧乳派か?」  お下品かつ馬鹿馬鹿しい問いに、クラーラは椅子からずり落ちそうになってしまった。
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